第8話

夜、早めに寝床に入ったシンデレラは、明日の早朝からの段取りを、順序よく、進めるための、脳内シミュレーションをやっていた。

こうすると、自然と眠りにつくのだが、何故だろう。


街ですれ違った、王族の馬車と、舞踏会での王子様を思い出すのは⋯。

屋根裏部屋の窓から照らす月夜と星星が、あの日の事を思い出させるのか。


(殿下とのダンスは、ただ楽しかった。)

疲れていたはずなのに、何故だか、このままの時間が、永遠に続けば良いのに、とさえ思ってしまった。

仮面を剥いだ王子様の、蠱惑的に笑む美しさに、目を奪われた。

額に汗が滲み、前髪が少し、張り付く姿でさえ、美しさの中に、ゾクリとする色気すら漂っていた。

後から聞くと、王子様は、“妖精王子”というあだ名が付いているらしい。

なるほど、たしかにこの世のものとは思えぬ美しさだった。

(殿下は、今日、見初めた女性を迎えたのだろうか⋯)

走り去っていく馬車は、見初めた女性を迎えに行くため、と街の人が噂をしていた。

王子様が、そのために色々支援していたと。

(何故だろう⋯、胸が苦しい。)

シンデレラは、瞳を閉じた。


一方お城では、

「誰だ……あの女は……! 気になって、仕事が手につかぬ……!」

王子様は、ベッドでギリギリと歯ぎしりを立てていた。



王子様の号令は、突然だった。


『この、ガラスの靴に合う女性を、私の花嫁にする!』


御触書も出され、国民達は驚いた。


「貧民街の娘を、迎えたのじゃなかったの!?」

「しかも、靴が足に合うだけで、嫁にするって⋯」

「何人出てくるんだよ。それとも、足にすっぽり入っちまったら、それで終わりか!?」

「もしかして、ついでに側室でも娶るつもり!?」


家来たちが、ガラスの靴を携えて、家々を回っているという噂を聞きつけ、次は、どこの家だ!?自分の所はまだなのか!?と、連日、始終、王子様とガラスの靴に国民達の話題は、もちきりだった。


城から一番遠いのでは?というところに、屋敷を構えているシンデレラ達にも、王子とガラスの靴の話題が舞い込んできた。


「王子様が、花嫁を探している?」

行商人が話す内容に、シンデレラは、聞き返した。


「はぁ。街中、その噂で持ちきりなんですわ。

いやね、私も、詳しくは知らないんですけどね、なんでも、なんだったかなぁ?あ、そうそう、なんか変わった靴をですね、王子様が所有してるらしくてですね、その靴に合った女性を、花嫁にするー!とかなんとか、

なんですかね?足フェチなんですかね?

うちの王子は。ふへっ!」

行商人は、そう話し、「じゃ、まいど!!」と言い、去っていった。


変わった靴⋯という名に先日の舞踏会での、ガラスの靴を思い出す。

(そういえば、片方をどこかに脱ぎ落としてきたのだっけ。

夢中で走ってたから、確認する余裕もなかった⋯。)

でも、まさか、その事ではないよね、と思い直し、シンデレラは仕事へと戻るのであった。



「なに!?見つからない!?」


ここは、王子様の執務室。

家来のガラスの靴の持ち主探しの報告は、連日、空振り。

本日、最後の、街に居を構えているそこの娘までも、ガラスの靴は合わなかった。


「そんな、バカな⋯っ」

(城下街で見かけたから、てっきりその街で暮らしていると思ったのに⋯)

王子様は、がっくり俯き、もう一度思考を巡らす。

(そうだ、彼女は、女の後ろに付き従うような青少年風の従者姿していた。ガラスの靴は、娘と限定している。もしかしたら⋯っ)


「⋯ない。」

ボソリと王子様は、呟いた。

聞き逃した家来が『え?』と反応すると、

王子様は、クワッと顔を上げ、こう声高に宣った。


「男女、関係ない!!私が提示した年頃の年齢は、全てガラスの靴を履かせろ!最初の家からやり直しだ!!!」


「ええっ!?」

びっくり仰天の、家来である。


その頃、街中では、また妙な噂が飛び交っていた。


ガラスの靴持ち主探しから、敗退した少女たちが、こう口にするのである。

「王子様は、幼女趣味よ!!あんな小さな靴、入るわけ無いじゃない!!」


かくして、『女嫌いの妖精王子は、実は幼い少女が好きらしい』という、なんとも妙な噂が街中に広がったのだった。



新たな号令が、御触書として、出された。


それを読んだものは、皆、一同驚愕。

口伝えで伝えられ、文字の読めないもの、全てを含め、国中が驚いた。


『なにぃ!?今度は男も対象だとぉぉ!?』

『なんでも、貧困層の娘を見初めちまった際、色んな楽しみ方を教わったそうでさぁ、アッチの方もイケる口になったって話だぜ。』

『おいおいおい、女嫌いの妖精王子は、ご淫乱が過ぎるじゃねぇか。女嫌いが、はっちゃけると怖いねぇ〜⋯。』

『この前までは、幼女趣味って騒がれてたのによぉ。少年趣味まで目覚めるたぁ、とんだ変態性豪王として、歴史に名を残すんじゃねぇか?』

『違いねぇ!!』

『『ガハハハ!!』』



「⋯て、話よ。シンデレラ。」

義姉が、身を乗り出してシンデレラを見つめた。

ここは、シンデレラが、毎日奔走する屋敷。


どうやら、義姉は、国中で囁かれている噂話を、持ち帰って来たようだ。

「どうしよ⋯。アタシ、その変わった靴とやらを履けちゃったら、王子様の元へお嫁にいかなくちゃいけないかも⋯」

不安そうにチラリ、と視線を寄越す義姉に、シンデレラはニッコリと微笑んだ。

「おめでとうございます、お義姉様。」


「ガクッ!

ち〜がう〜でしょ!!そこは、

“そんな!私を、置いて行かないでください⋯。”

ぐらい言って、引き止めてよ!」

がぁ!!と噛み付くぐらいの勢いで、義姉は、まくしたてた。

「申し訳ございません、お義姉様。しかし、お義姉様が王子様に見初められる事ほど、目出度きことはございません。」


義姉が好む、憂いを帯びた微笑で、そう答えた。

「⋯そぅお〜?まぁ、私ほどの美貌の持ち主ならね、王子様に惚れられちゃっても、仕方ないわよね。ンフ。」


義姉の機嫌は、たちまち良くなるのであった。


(なんだか、舞踏会の殿下との印象とは大いに異なるけど、貧困層の娘を迎えに行かなかったってことは、そういう事なのかしら?)

話の内容はさっぱり理解できなかったが、王子様は博愛主義者となったようで、舞踏会で私に言ったことも、そういう事なのかしら?と、思うシンデレラである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る