かつて人の心は燃えた

 「お前も欲しいのか? 生憎、品切れだよ」

 彼奴の手掛かりを見付けたのは、自国を出て季節が三つ程移ろった後の、四つ目の国でのことだった。一見清潔な街だが、裏通りに出ればかびと埃で、咳き込まない方がおかしいような場所の、更に奥まった路地に商人がいた。ここに辿り着くまでに、つてを幾つも作り、辿った。もし商品があるのなら購入もしてみたかったが、品切れ以前に路銀がもう尽きようとしていた。道中、動物を狩って売ったり、日雇いで護衛をしたこともあるが、それで得られる収入はたかが知れている。

 商人に仕入れ先を聞いたが、流石に企業秘密のようで教えては貰えなかった。知ったところで、最近はもう流通していないらしい。それでも故郷を旅立ったからには、彼奴に会わずにこの旅を終えたくはない。何とか粘り、入荷の可能性や他に仕入れている者はいるか、どうにか仕入れ先の国だけでもと尋ねたところ、そんなに気になるなら直接話せと仕入れ先を教えてくれた。ここから北の方に見える険しい山脈の、向こうにあるらしい。夏でも冬の装備がいると言われたので、なけなしの金で装備を整えた。


 山の麓まで行き、夜が来て火を起こした。この旅で、何度火を起こしたことだろう。夜と食事の度に、彼奴を思い起こさない日は無かった。火は音を立てながら爆ぜていく。揺らめいて、夜が濃くなる程、灯りが鮮明になる。彼奴との思い出も、この火のようだ。市場で買った魚を数尾焼きながら物思いに耽っていると、遠くから人が歩いてくるのが聞こえた。葉や枝を踏み抜く音がする方を警戒していると、一人の老婆が現れた。

「おう、おう、怪しいもんじゃねぇ。茸採りに行ったら暗くなっちまってたのよ。火が見えたもんだから、来ちまった。夜の火は良い。悪いが、ちと当たらせてくりや」

 そう言うと火の前に座り、採ってきた茸を落ちていた枝に突き刺して焼き始めた。こんなところで何をしているのかと聞かれ、俺は素直に答えた。老婆は何も否定せず、肯定もせず、ただ俺の話を聞いていた。やがて焼けた茸を食べ始め、ぽつり、ぽつりと呟くように言った。

「火ほど恐ろしいものはねぇが、また火ほど人の心を解きほどくもんもねぇ。火事となれば皆で力を合わせて消すし、冬になれば皆で暖を求めて囲んだも

んさ。ぱちぱちと音のする、ゆらりゆらりと形を変える火を見て……、あれが大事だったんだ。お前さんと今こうしていられるように、人と人を繋げていたのも火だったさ。あぁ、火の一族が滅ぼされてから、人々は淡白になったように思うよ」

 火の一族を知っているのかと尋ねると、老婆の幼少期というのは、とうに大昔なのだと笑われた。そして老婆は、何も言わずに焼けた茸を俺に差し出してきた。俺は受け取り、代わりに焼けた魚を渡した。お互い、沈黙のままの行為に、老婆は深く頷いた。

「忘れちまったんだ皆……、情けで燃えていた、ぬくい心の内を」

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俺と彼奴の話 イズミノユビ @Unarigoe

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