Cursed in the Sky

@48521

プロローグ

 小さい頃憧れていた、自由のある場所。


 地上で生きていたのでは、決して手に入らないものがある場所。


 今俺はそこにいる。


 ついに夢が叶った。


 もう泣きそうだった。


 ずっと病室から見ていた自由が、憧れが、今俺を包んでる。


 もう、それだけで、俺の人生には十分すぎる。


 「今まで生きてきてよかった」生まれて初めて、そう、思うことができた。


 もう、俺は自由だ。


 もう、あの鳥かごは遥か後ろにある。


 もう、羽ばたく練習はしなくていい。


 もう、縛り付けるものは、なにもない。


 あの、不自由な日々とは別れた。


 あの、息苦しい日々とは無縁だ。


 俺は、これからの為に、今、初めて生まれたんだ。


 今までの人生は準備運動だ。


 やっとここから走れる。


 どこまでも、どこまでも。


 永遠に。息絶えるまで。


 ずっと走り続けられる。


 飛び続けられる。


 翼が風を切る振動が、じわじわと伝わってくる。


 まるで一体化したみたいに、俺の手が風を切っている、と感じるくらいに。


 フラップを少し動かしてみる。風が当たって、その感覚が足から伝わる。


 本当につながってるみたいだ。


 俺は、三角の隊列の一番左端を飛んでる。そして目の前に、三機。


 隊長、その後に続いて二機、その後ろに、俺を含めて三機で飛ぶような隊列だ。


 隊は、三機が牽引タイプで、残り三機が双胴タイプ。両方ともレシプロ機である。ただ、牽引機の外見は、それぞれ違う。


 恐らく、隊長機と、俺の機体がオーダーメイド品だろう。そのほかは、軍が主力にしている戦闘機だ。


 我が国の空軍で、パイロットになるには、当然、技術とか訓練が必要で、それをパイロット訓練用の学校で習う。


 一緒の時期に、空軍へ入った同期は、千人ほどはいる。


 皆それぞれ、いる期間は別々だ。パイロットになるのに必要な、技術や訓練、才能が足りないと見なされると、さらに一年追加でいることになったり、除隊させられたりする。


 もちろん、成績が上位の奴らは、他の奴らよりも早く、訓練課程が終わる。


 そして、同期の中で成績上位五人は、自分の好きなようにカスタムした、いわゆる「専用機」を作ってもらえる。


 もちろん、自分で費用を負担するか、訓練学校を卒業した後でも、撃墜数を稼げば「専用機」を作ってもらえる


 俺は、学年三位の成績で、一年のうちに訓練課程を終えた。


 俺の機体もオーダーメイド品で、二十気筒の水冷式エンジン、二重反転プロペラ、逆ガル翼、という構成の機体だ。


 多少重く、機首が長いけれど、速度と積載兵器量、馬力はすさまじい。


 主兵装は、三十ミリモーターカノン、十五ミリ翼砲が二門。


一撃離脱用に作られているが、格闘戦もこなせる。


 初任務は、偵察任務らしい。


 敵の基地の様子を見てくるという、簡単なものだ。ただ、少々の疑問がある。俺達の隊は六機編成だが、そのうちの半分しか偵察機がいない。


 護衛用の戦闘機が多すぎる。護衛にしては用心深すぎるし、戦闘任務では、足手纏いになる偵察機が、編隊に入っている。どちらにせよ不可解だ。


 それからしばらくそのまま飛び続けた。多少の進路変更かあったけど、大凡真っすぐに、高度も下げずにそのままだ。


 目の前には、背の高い雲が何本も立っていた。それが朝日に照らされて、立体的になっている。


 雲のビル群を抜け、しばらく飛んだところで、隊長から無線が入った。短く、簡潔な内容だったけれど、それは俺をワクワクさせるのに十分すぎる言葉だった。


 「敵機だ。右前方、一時の方角。六機いる。」


 その無線を聞いた途端、偵察機は進路を変え、降下していった。


 また隊長から無線。


 「あいつらを墜として帰るぞ。それぞれ自由行動を許可する。では、散れ」


 その言葉を隊長が発した瞬間、左手で握っているレバーを思いっきり前に倒し、ラダーを右に揺らして、全速力で敵のほうへ向かった。


 逸早く曲がっていた隊長機すら追い越し、俺が一番先頭へ出る。


 もう敵機が、黒い点ではなく、はっきり見えるほどの距離まで来た。


 機銃の安全装置解除。


 ペダルを踏んで、フラップの感度を確かめる。


 ラダーの動作確認。


 いける。おかしいところは何もない。


 初めてのダンスだ。


 楽しませてくれよ。


 俺の中に、恐怖や心配はない。


 今あるのは興奮だけだ。


 敵はやっと俺たちに気付いて、散る。


 が、もう遅い。


 敵機をとらえた。


 エンテ翼の推進型。


 こいつが俺の初めの獲物だ。


 機銃を一秒掃射。


 当たった。


 敵機が炎上し、くるくると回りながら、雲の下へ落ちていく。


 すぐにターン。


 シートに体が埋もれるが、これくらいは大丈夫だ。


 そのまま背面になり、状況を確認する。


 敵機は四機。味方は一機落ちてる。


 次の獲物に狙いを定める。


 決めた。


 こいつもさっきと同じ機体だ。


 背面のまま降下し、狙いを定める。


 敵はちょうど旋回しようとしていた。


 そして俺に気付いて降下しようとする。


 撃つ。


 当たった。


 主翼の先端が折れ、エンジンにも数発当たった。


 エンジンが煙を吹いて、出力が低下してるようだ。


 もう、あいつは飛べないだろう。


 この下は海だ。


 そのまま高度を下げ、やがて雲の中へと姿を消した。


 俺の後方から、光るものが飛んでくる。


 撃たれてる。


 ロールしてどうにか躱す。


 キャノピーの後方に顔を押し付け、後ろを確認。


 二機付いてきている。


 俺は、必死にロールとフェイントを繰り返し、どうにか敵弾を交わす。


 「このままじゃ不利だ。一度雲の中に入って立て直すぞ。」


 隊長の無線を聞いて、雲を探す。


 下には雲の海が広がっている。


 でも、そこまで降下してると、墜とされる。


 目の前に、先ほど通り過ぎた雲のビル群が見えた。


 その中に入る。


 再び後ろを確認。まだ来ている。


 雲の間を縫うように飛ぶ。


 隊長はどこに行ったか分からない。


 そうして飛んでいるうちに、隠れるにはちょうどいい雲が、目の前に現れた。


 まるで草むらに飛び込むようにして、背面からダイブする。


 そして後ろを確認。


 もう来ていない。


 雲を出てからターンをし、また上に戻った。


 恐らく、あいつらは俺が逃げたと思っている。


 そして、隊長を落とすために、会敵したところへと戻るはずだ。


 雲の上に出ると、そこは雲のビル群の終わりのほうだった。


 上空を確認。いる。


 俺の遥か上。斜めの位置にいる。


 スロットルハイ。


 一気に速度を上げ、上昇する。


 まだ気付かれてない。


 機銃が確実に当たる距離まで粘る。


 敵機が散る。


 気付かれた。


 そのままの勢いで、機体を水平に戻し、一機の後ろについた。


 機銃を構える。


 まだ。まだだ。


 粘る。


 撃つ。


 敵機は、爆発して墜ちていった。


 後方から閃光。


 後ろに付かれた。


 もう燃料がやばい。


 逃げている余裕はない。


 刹那の判断ミスで、俺は死ぬ。


 操縦桿を引いて上昇、すぐに減速。


 敵機を前に押し出した。


 そのまま機首を抑え込んで、敵機を捉える。


 機銃を掃射。


 ほぼ全弾が命中。


 敵機は爆散した。


 それから三分ほどたった。


 俺はずっと同じところをグルグル回っている。


 しかし、隊長からの無線はない。


 もう帰還しているか、墜ちたかのどちらかだ。


 そんなことを考えるよりも先に帰らなければ、ガス欠で墜ちてしまう。


 旋回をやめ、基地のほうへ戻る。


 燃料が心もとなくなってきた。本当に帰れるだろうか。


 まだ興奮が冷めやらない。こんなにも冷たいところにいるのに、汗をかいていた。


 人生で初めての興奮と、楽しさを感じている。


 ずっと飛んでいたい。


 こんな時間がずっと続けばいいのに。心の底からそう思ったのは、これも人生で初めて。


 山のような雲の外周を回り、雲の平原へと出た。蒼天の空と、ずっと向こうまで、果てしなく広がっている雲の海。


 あの果てには何があるのか。


 あの果てまで飛んで行ったら、俺たちのことが分かるだろうか。


 なにか、一つでも、生きる意味が、死ぬ意味が、戦う意味が、飛ぶ意味が、何か、一つでも、見つかるだ ろうか、分かるだろうか。


 自分の人生を一瞬の為に捧げる。そんなことの意味が、分かるだろうか。


 そんな事は分からないだろう。


 分からなくていい。


 それが分かるのは、きっと死ぬ間際だ。


 死ぬ間際にやっと気付く。自分の人生の無意味さ、尊さに。


 そんなことを考えていると、すっかり興奮が冷めた。


 雲のすれすれまで高度を落とし、雲の中に潜っていく。辺りが真っ白になって、キャノピーに水滴がつく。


 そのまま雲の下へと降りた。下は海じゃなくて、陸になっている。少し降りるのが遅かったと思う。次からは気を付けよう。

 基地の滑走路が見えてきた。なぜかは知らないが、地上に降りるのが少し残念に感じる。

 管制塔に無線を入れて、着陸態勢に入る。正直、俺はランディングがあまり好きじゃない。離陸は難なくこなせるが、着陸は嫌いだ。


 後輪がついて、振動が伝わってくる。


 そして間もなく、前輪がついて、機体が小刻みに揺れる。どうもこの振動が嫌いでならない。


 そのまま格納庫のほうへ移動する。そして、エンジンを止める。キャノピーをスライドさせ、外に出る。ゴーグルを外し、空を見る。もうっすっかり日が昇ってた。


 整備士がこちらへ走ってくる。翼を伝って飛行機から降り、しばらくボーっとしてから、事務棟のほうへ歩いていった。

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