5日目 ワンピース


「あら、走って来たの?」


「はい」



白鷺村に来て5日目。

梓さんの指摘通り、アタシは走りながら梓さんの家を訪ねた。



「体型維持をけしかけた私が言うのも何だけど……走って大丈夫なの?」


「本番みたく全力じゃなければ。プランクとかスクワットもやるので」


「なら良いんだけど。当然だけど汗びっしょりね?」


「汗臭い、ですかね?」


「その匂いも嫌いじゃないけど……シャワー浴びてスッキリする? 着替え貸すわよ」


「え」



その言葉に、元から熱かったアタシの顔と頭は一層熱くなる。

別に一緒に入る訳じゃないけど、こんな美人な人の家で裸になってシャワーを浴びる、なんて。



「そ、そんな……悪いです」


「このままだと気持ち悪いでしょう?」


「でも……」



恥ずかしさだとか。

背徳感だとか。

でも、確かに汗は普段よりかきまくってるし、嫌いじゃないと言ってくれていても汗の匂いを嗅がせるのは……もっと恥ずかしい。



「……じゃあ、お借りします」



結局そう答えていた。



「うん。タオルとか用意しておくから。ゆっくりしていってね」



梓さんが笑顔でそう言ってくれる。その笑顔にドキリとしながら、案内された脱衣所で服を脱ぐ。

汗で張り付いて脱ぎにくいな……



「ん、ふぅ……」



出たての水は温くて。

けれど徐々に冷たくなり、火照った体を冷ましてくれる。



「気持ち、いいなぁ」



走って、汗かいて、シャワーで流す。

ちょっと前までは当たり前にしていたこの行為も今や懐かしく感じる。

軽く走っただけなのに息が切れる。

タイムだって現役時代よりずっと遅い。



「……鈍ったなぁ」



◇◇◇◇◇



「あの、梓さん……」


「まぁ! とっても似合ってるわ沙耶ちゃん」


「いや、これ……」



アタシは真っ白なワンピースの裾を目一杯下に引っ張る。

シャワーから上がって、用意された服はこのワンピース一枚。下着すら無かった。

ギリギリ……本当にギリギリ見えない長さだけど、だからこそふとした拍子にアタシの全てが曝け出されてしまう。


梓さんが悪戯気な表情で後ろに回り込もうとして、アタシはもう片方の手でお尻側の裾を引っ張るしか無くなった。

アタシは両手を封じられたも同然だった。



「とっても可愛いわ、沙耶ちゃん!」


「あ、あの……!」


「……嫌だった?」


「嫌、と言うか恥ずかしいと言うか……何で、これを?」


「完全に私の都合。この前プレゼントした下着も可愛いけど、可愛い女の子に白いワンピースを着てもらうのが夢で……」


「マニアックな夢ですね……」


「後は、そうね。構図の参考にしたいなー……とか?」



梓さんは申し訳なさそうに眉尻を下げてスマホを掲げた。

なるほど、それなら納得出来る。

身を屈めて上目遣いで縋る様な、怯える様な……梓さんにしては珍しい表情。

その光景に心の何処かが疼く。

これは、アレだ。太ももを舐められた時だ。

あの時、確かにアタシは"責められる"側で。

だけど、頭を下げてアタシの脚を舐める梓さんに高揚感を感じたのも事実で。

今も、そう。まるで梓さんを虐めている様な。

梓さんより優位な立場に立って、支配している様な。そんな錯覚に陥った。



「……アタシで良いんですか?」


「沙耶ちゃんが良いの」


「そう、ですか……」


「……駄目?」


「いや……良いですよ。梓さんにはお世話になってますし」



その言葉に梓さんはパァッと顔を綻ばせて。



「あ、ありがとう!」



満面な笑みで頭を下げた。



「じゃあ……何すれば良いんですか?」


「こっちに来て」


「え」



梓さんはアタシの手を引いて。

向かったのはこの民家の庭。縁側まで歩いた時に、アタシはようやく事態を把握して腰を落として抵抗する。



「そ、外に出るんですか!? この格好で……!?」


「高い塀に囲まれてるから外からは見えないわ。

ね? 撮らせてくれるんでしょう?」


「……はい」


「安心して、絶対素敵な写真を撮るから! そこのサンダル使って。それとこの麦わら帽子も被ってね」



梓さんに導かれながらサンダルに足を通し、麦わら帽子を被る。

相変わらず嫌なぐらい強い太陽光がジリジリと肌を焼く。

梓さんはスマホを構えながらアタシの周りをぐるぐると徘徊している。……転ばないか心配だ。



「……うん、ここね」



カシャ、と音がなって。

梓さんがニコニコ笑いながらスマホの画面を向けながら歩いて来る。



「な……っ!?」


「ね、可愛いでしょう?」


「いや可愛いって言うか……!」



降り注ぐ太陽光。

それに照らされてアタシが羽織る薄くて真っ白なワンピースは透けていて。

何も身に付けていないアタシのシルエットが克明に映し出されていた。



「やっぱり細い方が映えるわね……沙耶ちゃんにお願いして良かった」


「いやいやいやいや! これは流石に……!」


「次は横からね。背筋伸ばして、胸を張って」



梓さんの手で姿勢を正されて、写真を撮られて。

他にも腕を上げたり、ただでさえギリギリなのに裾を摘んだり。

……ホースで水を掛けられて濡らされたり。

ありとあらゆる手段で、色々な写真を撮られた。



「ふふーん! これで白ワンピースの資料には困らないわね……!」


「それは良かったです……」



どれだけ撮られても慣れる事なんて無くて。

ポーズを取る度に羞恥心が再燃して、顔と身体が熱くなった。



「お疲れ様。暑かったでしょう? 部屋に戻って休んでて。麦茶持ってくるから」


「はい……」



部屋に戻って仰向けに寝転がる。

爽やかな風が肌をくすぐって、それがとても気持ちいい。



「梓さん……」



資料だけ、なのかな。

自惚れじゃなかったら、梓さんはアタシに好意を抱いてくれている。

恐らくは……性欲も。


あの写真は本当に資料なんだろうか?



「あー……考えるの止めよう」



頭の中からその思考を追い出した。

あの写真がどの様に使われるのだとしても……それが梓さんなら、きっとアタシは嫌だと思わないから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る