茨城から始める戦国転生信長としての天下統一〜ごじゃっペでれすけにはくらつけっつぉ!〜

常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天

プロローグ『族魂と歴史オタク』

茨城の朝焼けは、煙の匂いがする。


 工業地帯の煙突が吐き出す白煙が、朝日に透けて赤く燃える。

 その下を、爆音が引き裂くように駆け抜ける。


 ギラギラに磨かれたホーク2が吐き出す排気音は、どんな演歌よりも熱く、どんな校歌よりも魂を震わせる。


 


「おらぁッ! どけコラァァァ!!」


 


 夜明け前の国道6号を、暴走族『鬼龍連合』のヘッド、神崎龍馬が走っていた。


 前に立ちはだかるのは、地元の悪徳半グレ集団『夜叉組』の車列。

 汚れたアルファードが道を塞ぐように蛇行し、挑発するようにブレーキを踏む。


 


 ハンドルを握る龍馬の目が、ギラリと光った。


 


「くらつけっとが……ごじゃっぺ野郎が……」


 


 仲間の後輩・マサルから泣きつかれたのは二日前だ。


「兄貴……妹が夜叉組の奴らに連れ回されてんス……助けてやってくれッス……!」


 マサルの妹はまだ中学三年。田舎の夜は、時に獣より悪質な人間を生む。


 泣きながら頭を下げるマサルを見て、龍馬はその場で立ち上がった。


 


「なめんじゃねぇぞコラ……族ってのは、弱ぇ奴守ってなんぼだろうが!!」


 


 その晩、集会を開き、仲間を引き連れて夜叉組のシマに乗り込んだ。


 大義名分は一つだけ。


 


 ——弱気を助け、悪を討つ。


 


 それが、龍馬が“族”を続ける理由だった。


 喧嘩が強いだけじゃ、ヘッドは張れねぇ。

 筋が通せねぇ奴に、人はついてこねぇ。


 だから龍馬は力を振るう時も、必ず守るべきもののためにだけ拳を振るった。


 


 


 ◆


 


「テメェらァァァ!! 今すぐ道開けろやァァ!!」


 


 龍馬の怒号が茨城の国道に響き渡る。


 アルファードの窓が開き、夜叉組のチンピラが笑いながら煙草を投げつけてくる。


「なんだオメェ、族のガキが……? でれすけが調子こいてんじゃねぇぞ!」


「オラァッ!」


 


 龍馬はバイクのアクセルを捻り、ギアを蹴り上げた。


 エンジンが雄叫びをあげ、夜叉組の車列へと突っ込む。


 車体を左右に振り、蛇行をかいくぐる。

 横から伸びてきた鉄パイプを片手で受け流し、空いた拳でガラスを殴り抜く。


 


 「マサルの妹、どこにいやがるッ!!」


 


 ガラスの割れる音が朝の空気を引き裂いた。


 


 夜叉組の男たちはあっけに取られた顔で、破られた窓から睨みつける龍馬と目が合う。


 


「連れてこいやァァァ!! 今ここで!! でれすけがァァァ!!」


 


 


 ◆


 


 結局、夜明け前に夜叉組は全面降伏した。


 マサルの妹は無事に保護され、泣きながら兄の胸にしがみついていた。


 その様子を見届けて、龍馬は鼻で笑った。


 


「……おら、よかったな。泣かせんじゃねぇぞ、大事な女はよ」


「兄貴……! あざす! マジであざすッ!!」


 


 朝焼けの中で、仲間たちが頭を下げる。


 龍馬はいつものように手を振って、タバコを咥えながらホーク2のシートに跨った。


 


「……行くぞ」


「どこへ?」


「歴史はなァ……勉強した分だけ未来が見えんだよ」


「は?」


「本能寺の変ってのはよォ……」


 


 マサルが首を傾げる横で、龍馬はニヤリと笑った。


 


「裏切りってのは、身内から来るんだぜ?」


 


 仲間は笑い、龍馬も笑った。


 族で天下を取る気なんてない。

 ただ、守るために生きている。


 


 でも、龍馬には夢があった。


 それは——


 


 


 ◆


 


 夜、溜まり場のガレージで、ホーク2のチェーンに油を差しながら、龍馬はスマホで歴史サイトを漁っていた。


 信長の家臣団。光秀の裏切り。秀吉の台頭。家康の執念。


 そういう話が、たまらなく好きだった。


 


 教科書で見た信長よりも、血の匂いがする信長を追い求めた。


 天下布武。桶狭間。長篠。比叡山焼き討ち。


 歴史の裏側で蠢く裏切り、血の誓い、そして戦国の空気。


 


「もしオレが信長だったら……」


 


 何度も考えた。


 もし自分があの時代に生きていたら、どんな戦をしていただろう。


 仲間を裏切るような奴は、絶対に許さない。


 裏切りが避けられないなら、その前に叩き潰す。


 それが、オレの“族”としての生き方だ。


 


 


 ◆


 


 ガレージを出て、夜風を吸う。


 夜明けの国道を思い出す。


 


 あの時、マサルの妹を抱えながら走り抜けた朝焼けの中で、オレは決めたんだ。


 


 「どんな時代でも、オレは仲間を守る」


 


 


 ◆


 


 その夜、国道沿いのコンビニ前で、仲間と別れて一人タバコを吸っていた時だ。


 背後で、何かが光った。


 


 刺すような痛みが走った。


 


「ッ……?」


 


 振り返った瞬間、金属の光が胸に突き立てられていた。


 刃物を握った少年の顔が、恐怖で歪んでいた。


 


 「……なんで……」


 


 血が流れ出す。


 目の前が赤く染まる。


 だが、不思議と痛くなかった。


 


 


 その時、頭の中に無数の言葉が浮かんだ。


 


 ——織田信長

 ——本能寺の変

 ——裏切り

 ——戦国乱世


 


 オレは歴史オタクだ。

 そして族のヘッドだ。


 オレがもし信長だったら——


 


 


 「はっ……はは……」


 


 血が口の中に広がる。


 意識が薄れていく中で、オレは笑った。


 


 「おもしれぇ……」


 


 目の前が暗くなる。


 爆音が遠くで唸る。


 国道の風が遠ざかっていく。


 


 


 ◆


 


 ——その次に目を覚ましたとき、オレは


 『織田信長』


 として目を覚ましたのだ。


 


 【プロローグ 了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る