第16話 深まる絆と未来への予感-4
大学四年生の後半に入り、悠斗と葵は、就職という人生の大きな節目を目前に控え、現実的な問題に直面し始めていた。内定を得て安堵したのも束の間、研究室の卒業論文、そして社会人になることへの漠然とした不安が、悠斗の心を締め付けた。そんな中で、葵との間にも、些細なすれ違いが起こり始めた。
ある日のことだ。将来のキャリアプランについて話していた時、悠斗と葵の間で意見が対立した。悠斗は、将来は海外勤務も視野に入れたいと話した。葵は、国内で安定した職に就きたいと考えていたため、少し戸惑ったような表情を見せた。些細な行き違いだった。しかし、疲労とプレッシャーが溜まっていたのだろう。二人の会話は、いつの間にか感情的な口論へと発展してしまった。
「勝手だな!私の気持ちも考えてよ!」
葵の声が、電話越しに突き刺さる。悠斗も、つい言いすぎてしまった。その日の夜、ベッドに入っても、悠斗の心はざわめいたままだった。眠りにつくと、夢の中には、いつものように葵が現れた。しかし、その夢は、いつもの甘く穏やかなものではなかった。
夢の中の葵は、悠斗に対してそっけない態度をとった。手を繋ごうとすると、するりと指が離れていく。抱きしめようとすれば、わずかに体を反らせて拒む。愛撫をしても、彼女の表情は固く、甘い吐息は聞こえない。体は隣にいるのに、心が遠い。そんな、現実の喧嘩をそのまま夢の中に持ち込んだような状況に、悠斗の胸は締め付けられた。夢の中ですら、葵に拒絶されるのは、現実以上に辛かった。
その夢を見た翌朝、悠斗は明らかに体調不良を覚えていた。頭の奥がずきずきと痛み、体が鉛のように重い。寝起きは最悪で、全身に倦怠感がまとわりつく。風邪のような症状だが、熱はなく、原因が特定できない。これは、夢の中での関係悪化と連動しているのではないか。悠斗は、直感的にそう理解した。夢が、単なる願望の反映ではなく、二人の関係性を映す鏡であること。そして、その力のネガティブな側面を、身をもって知った。
登校し、葵の顔色を伺うと、彼女もまた、明らかに体調が悪そうだった。
「葵、もしかして、体調悪いのか?」
悠斗が尋ねると、葵は力なく頷いた。
「なんか、頭が痛くて……全然、寝た気がしないの」
その言葉に、悠斗は確信した。夢が、二人の関係性のバロメーターなのだ。そして、この力は、ポジティブな側面だけでなく、ネガティブな側面も持つことを。
その後、悠斗は葵に謝罪し、将来のビジョンについて改めて話し合った。互いの意見を尊重し、歩み寄ることで、二人の関係は修復に向かい始めた。現実での関係が修復に向かい始めた頃、夜の夢は再び、温かく甘いものへと戻っていった。
夢の中で、悠斗は葵との夫婦生活を体験した。それは、どこかのんびりとした休日だった。朝、温かい日差しが差し込む寝室で、隣に眠る葵の穏やかな寝顔がそこにあった。彼女の髪は柔らかく枕に広がり、その表情は安らかだ。悠斗がそっと腕を伸ばし、彼女を抱き寄せる。目覚めると、二人で他愛もない会話を交わしながら、簡単な朝食を準備し、食卓を囲む。休日に共に買い物に出かけたり、借りてきた映画をソファで寄り添いながら見たりする。ごく普通の、ささやかな日常の幸福だ。時には、未来の小さな子供の姿が、一瞬だけ目の前を駆け抜けていくような暗示的な夢を見ることもあった。その夢は、悠斗の胸に、限りない温かさと、将来への確かな希望を抱かせた。
この夢は、悠斗にとって「未来予知的な将来の関係の暗示」だった。現実での結婚への決意が、この夢によって、より具体的で確固たるものになっていくのを感じた。
しかし、夢の中の幸福感が大きくなるにつれて、悠斗の胸には、「いつまでこの夢が共有できるのだろうか」という漠然とした不安も芽生え始めた。水晶のお守りの力は、いつか役目を終えてしまうのではないか。あるいは、この夢の共有が、唐突に終わってしまうのではないか。夢の中の幸福が大きければ大きいほど、現実の不安と対比され、夢の存在が切なく、儚いものとして意識され始めた。この特別な時間が、いつまでも続くわけではないことを、悠斗は予感していた。
毎朝、目覚めると、枕は汗でじっとりと湿っていた。肌にはいつも薄っすらと寝汗が滲み、時には股間が濡れて、下着が夢精による粘り気のある熱を帯びた液体で汚れている。心臓は朝から激しく脈打ち、しばらく動悸が治まらなかった。サッカー部で鍛えられたはずの自分の体は、かつてないほどの性的興奮によって体液が分泌されたような痕跡も残していた。
夢のリアリティと現実の乖離に戸惑いながらも、悠斗は、葵との未来を強く信じていた。夢の中の彼女の存在が、現実の彼の生活を、そして精神を、確かな形で支えている。それが、この不思議な夢の力なのだと、悠斗は確信していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます