第42話 永闇姫との戦い (1)
夕食を終えて部屋に戻った律は、机の上に金庫を置いて鍵を開けた。
中からそっとクロエを取り出す。
クロエのガラスの瞳が、蛍光灯の光を跳ね返して一瞬キラリと光った。
「クロエ、ごめん。毎日こんな狭くて暗い所に閉じ込めて…。寂しいだろ?じいちゃん心配しすぎだよな?別に外にいたって大丈夫だと思うんだけど…」
そう言いつつ、最近わけもなく不安な気持ちになるのはなぜだろう。
金庫を床に下ろし、クロエを机に座らせる。
じいちゃんが金庫にクロエをしまうように言ってから、毎日、こうして一回はクロエを外に出して、髪を
クロエはいつも無表情だが、以前はもっと柔らかな雰囲気があった。きっと閉じ込められて怒っているんだろう。ピリピリとした空気を感じる。
クロエを金庫から出すたびに、何かおかしな気配がするような気がしていた。
チラリと、頭の隅にあの黒い着物の女性の影がよぎるのだ。真っ白な顔に目がギラギラとしていたような…。いや、はっきり見えたわけではないのだが…。
クロエの髪の毛を丁寧に
「リツ、桜ノ公園ヘ連レテイッテ…」
「え?」
クロエはガラスの瞳で、真っ直ぐ遠くを見つめながらまた言った。
「桜ノ公園ヘ…急イデ…」
「桜の公園って妙見坂公園のこと?もう夜だよ。そんなところになぜ行きたいんだよ?」
「桜ノ公園ヘ…ハヤク…」
クロエは何度も言う。律が止めようとしても頑として、その言葉を繰り返す。
だんだん律も不安になって来た。公園に何があると言うんだろう。
◇◇◇◇◇
クロエを連れて、妙見坂公園に来た。
クロエが「急イデ」と何度も言うので、途中から走っていた。
桜の森は、妙見坂公園の奥まった場所にあり、今は桜の季節ではないので人の気配はなかった。
桜の葉がざわざわと揺れ、黒々とした枝や幹が露わになる。
風だけが木々の間を走り抜け、土を巻き上げる。
ここに何があるのか…?
いや、誰かがいる。何か異様な空気を感じた。
その男が手を払い、風が巻き起こった。
その時、月明かりがその顔を照らした。
「じいちゃん?」
じいちゃんは、いつもの穏やかな表情とはまるで違う、追い詰められた獣が牙をのぞかせているような荒々しい顔で振り向いた。
「…律…?……クロエ!?」
ーーーーえ?今、クロエって呼んだ?どうしてじいちゃんがクロエの名前を…?
「げんさん!!」
ーーーーえ?げんさん?げんさんって…。じいちゃんがげんさんなの?
「来ちゃダメだ!!律、クロエを連れて帰ってくれ!!」
ははははは……
空に大きな笑い声が響いた。
雨も降っていないのに、いきなり稲妻が光り、ドンッと大きな音が地面を揺らした。
じいちゃんはふらつきながらも、数珠を繰り、
またも、白い閃光が闇夜を切り裂き、大気が
バリバリと音を立て、桜の樹が真っ二つに裂けた。黒く焦げた葉や枝がバラバラと降り注ぐ。
風が唸り、焦げた枝の臭気が鼻を突いた。
じいちゃんの手が大気を切り裂くように素早く動いて、印が次々と空に刻まれる。
数珠が
低い声で唱えられた呪文が、強い念を
しかし、圧倒的な力が返ってくる。
突風が襲い、滝のような雨が一気に落ちてきた。雨粒が地面を叩く音が鼓膜を震わせる。
激しい雨に打たれて、じいちゃんの姿が霞んでいる。
雨がまた土と焦げた樹の匂いを運んできた。
その時、影が輪郭を帯び、何者かの姿が少しずつ
振り乱した長い漆黒の髪、紙のように白い顔、深紅の唇が歪んだ微笑みを浮かべている。
降り注ぐ雨の中、黒い着物の銀糸の刺繍がぼんやりと浮かび上がる。
蜘蛛の巣と藤の模様…!?
律の目の奥に何度もちらついていたあの黒い着物の女…。
これが敵の正体だったのか…?
女は雨を震わせるような声で嘲笑い、長い指でクロエを射抜くように指さした。
「ようやく来たか…。お前を
「永闇姫…!もう二度とお前に俺の大事なものはやらん!」
じいちゃんが怒りの唸り声を上げながら、女に突進していった。
その手は女の首を掴もうと、振り上げられ、空を切った。
永闇姫は笑い声を上げる。
「
白く輝く閃光がじいちゃんを弾き飛ばした。
「じいちゃんっ!!」
「げんさんっ!!」
駆け寄ろうとする律とクロエに真っ暗な網目のような妖気が遅いかかり、飲み込もうとした。
じいちゃんは、最後の力を振り絞って、律とクロエを突き飛ばす。
そのまま妖気に絡み取られ、膝から崩れ落ちた。
土砂降りの中、仰向けに倒れたじいちゃんの胸が
まるでその力も一緒に大地に吸い取られていくかのように…。
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