我が国の王太子が、まことに申し訳ございませんでした!

月島アルパカ

我が国の王太子が、まことに申し訳ございませんでした!

我が国の王太子がやらかしやがった!


徐々に被害が増えつつある瘴気を祓わせるため、聖女を召喚したのだ。


異世界から。異世界から。異世界から。


大事なことなので三回言いました。


異世界だぞ!? よその世界で生活してるご婦人だぞ!? 召喚された方は迷惑でしかないだろ!? 向こうのご家族どうするんだ!? 仕事や学校は!?


俺、こと魔導省 魔法開発課 課長補佐のケント・バーナードは反対した。なんなら課長の胸倉掴んで揺さぶりながら猛反対した。


だって、召喚陣を調べてみたら一方通行なんだぞ!? 仕事が終わってもおうちに帰してあげられないんだぞ!? 俺なら泣いて絶望して廃人になりますけど!? もしくは闇堕ちして魔王になっちゃいますけど!?


でも哀しいかな、この身分社会において、しがない男爵家の六男坊でしかない俺が、雲上人の暴走を留めだてできるはずもなく、召喚は成された。成されて、しまった。


王城の地下深くに造られた、だだっ広い空間の床の上。召喚の余韻でまだペカペカ光ってる魔法陣の真ん中で、辺りを見回す女性の顔を見て、俺は目ん玉ひん剥いた!


(香奈!? ぇえっ、香奈!? うっそ、マジで香奈!?)


彼女は、時々見る前世の夢に出てくる、俺の嫁だった。



* ***** * ***** *



そう、俺には前世の記憶がある。


こことは違う世界の、日本という国で人生を送っていた俺は、嫁と子供を後ろに乗せた車で実家に向かう途上、スマホ運転のトラックに突っ込まれたのだ。


嫁と子供……そう俺たちには、生まれてまだ八ヶ月の娘がいたのだ。


俺がここにいて、香奈もここにいて、……じゃあ萌衣は? 俺たちの娘は?


香奈の年頃は夢の中の姿そのまま。


と言うことは、あの事故で無事だったと仮定して、萌衣だってまだ小さいままだろう。


そこまで思い至って、俺はやらかし大将の王太子をぶん殴……る代わりにスライディング土下座をかました。




「我が国の王太子が、まことに申し訳ございませんでしたぁああっっっ!!!」



* ***** * ***** *



「あたし、この人から説明を聞きたいです」


いくつか言葉を交わした後、聖女は完全に王太子を敵認定したらしく、表情が険しい。


あの、うちの王太子、悪い人ではないんです。ちょっと思い込みが激しくて暑苦しい上に無神経だったりはしますけどもね、ええ。


あと、偉そうなのはホントに偉いからなんですけどもね、ええ。


でも、仕事熱心なお方で、国民からは好かれてるんです、はい。


ともあれ、聖女ご本人から指差し指名された俺は、王太子や総主教と、聖女の間に詰め込む緩衝材というか、橋渡し役的な任務を果たすことになった。


まずは落ち着いて話すため、関係者一同、会議室へと移動する。


俺の椅子はなく、お付きの従者的扱いで聖女の近くに立ったまま控えるよう言われたのは幸いだった。


お茶の支度だなんだで、場がざわついている僅かな時間を利用して、俺は一番大事な事を小声で聖女に伝えた。


「聖女様、あなた様のお立場は、国王陛下、並びに総主教猊下と同等。つまり、どのような身分の者であっても、この場であなた様に対してできる事は『依頼』か『交渉』だけです。……分かりますか?」


この世界に、聖女に『命令』できる者はいないのだと、意に染まない事はしなくて良いのだと、伝える。


聖女はありがとうございますと、俺の目を見てしっかりと頷いた。


この国の貴族的な分かりにくい表現で、聖女を言いくるめようとする王太子や総主教。聖女は難しくてよく分かりませんと、俺に説明を求めてくれたので、なんとか言葉の罠を回避し、聖女有利な状況を作り上げる事ができた。


そういう経緯があったから、技術職の俺にとっては畑違いとなるが、本職と同時進行で聖女のご機嫌伺い役を仰せつかった。


数日に一度、聖女の様子を見に行き、できるだけ便宜を図る役目だ。


本当は世話役を押し付けられるところだったが、辞退した。だって、俺はもう決めてたから。



香奈は何としてでも萌衣のもとに帰すって。


それもただ帰すだけじゃ意味がない。


あの事故の前に還らせる。



あの召喚陣を完全解析した結果、不可能ではないと踏んだ。だから俺の時間は、聖女の身の回りの世話のためではなく、召喚した対象を元の世界に戻す魔法陣開発のために使うことにしたんだ。


国や神殿の偉い人たちと何度も話し合いの席を設けた結果、瘴気被害の出ている現場にも足を運んだ上で、聖女は瘴気を祓う仕事を引き受けてくれた。


彼女が引き受けると言ってくれた時、俺は安堵のあまりその場に膝をついてしまった。そのまま土下座して繰り返し礼を言う。


この国には俺の家族がいる。友人がいる。仕事仲間がいる。


「やだなー、ケンちゃん、顔をあげてよー。あたしがケンちゃんの奥さんやお子さんたちを見捨てるはずないでしょ!」


俺の側にしゃがみ込み、軽やかに笑って肩を叩く聖女。


だが、俺は知ってる。


彼女が毎晩、元の世界に残して来た者たちの夢をみている事を。


萌衣に飲ませていたお乳が、まだ止まってない事を。


毎朝、夢から覚めた後、吐いている事を。


彼女は苦しんでいるのだ。けれど、一度も泣いていない。


なのに、俺が泣いてどうする!


内心で己を叱咤するも、次から次へと溢れる涙は止まってくれない。


「あたしは瘴気を祓う。ケンちゃんは魔法陣を開発する。どっちが早く終わらせるか、競争だね! お互いがんばろーね!」


「ばい、おだがい、がんばりばじょう」


「ぶっは! ケンちゃん泣きすぎ、ほら、顔拭きなよ」


涙と鼻水でぐちゃぐちゃの俺に、聖女はハンカチを貸してくれた。


そして、俺がハンカチで顔を拭い、鼻をかむ様子を眺めた後、満面の笑みでこう言った。


「うん、そのハンカチ、返さなくていいからね」



* ***** * ***** *



それから八年。


ようやくこの時を迎える。


今日、聖女は元の世界に還るのだ。


なんとかこの世界に引き留めようとする王太子が、聖女にプロポーズをかまして撃沈するといったアクシデントはあったが、魔法陣の動作には全く問題がない。


陣を起動させるための膨大な魔力を、何年もかけて蓄積してくれたのは聖女自身だ。


何度も行き詰まっては試行錯誤を繰り返した。


実験や検証の方法を一から考案せねばならなかった。


徹夜しすぎて倒れ、嫁と聖女にサラウンド方式で叱り飛ばされた。


今世の俺は、聖女とひと回り以上も歳が離れている。


だからだろうか、いつも萌衣が大人になった姿を彼女に重ね見ていたように思う。


「ケンちゃん……ケントさん、お世話になりました」


聖女が改まって深々と頭を下げる。


俺も、それに応じて日本式のお辞儀を返した。


奇しくも、俺の名は前世のそれと音が似ている。


召喚によって引き離された旦那と同じあだ名で俺を呼ぶ。そんな些細なことでも、少しはあなたの慰めになったろうか。


この八年、聖女を護ってきた聖騎士たちにも声をかけると、彼女はたたっと魔法陣に駆け寄り、


「とうっ!」


どこか耳馴染みのある気合いと共に、ぴょんと跳び、両手を上げて魔法陣のど真ん中に着地した。


「ぶっは!!」


魔法陣から放たれる眩い光に目を閉じ、手で遮りながらも、彼女の最後の姿に吹き出さずにはいられなかった。


真っ白な光が収束して、眼裏に残る残像に目をしばたたきながら陣に目を向けるも、そこに聖女の姿はない。


なんともうら淋しい沈黙が、その場に落ちる。


「ああ、行ってしまった、な……」


最初に口を開いたのは、花束を近衛兵に押しつけた王太子だった。


あれだけ罵倒されたのに、やはり淋しそうな顔をしている。


「彼女が去ってしまったのは非常に残念だ」


誰にともなく、言の葉を繋ぐ。


「せめて、子供のひとりなりと産み残していってくれれば……」


途端、その場にいる者たちの眼差しが氷点下を下回った。


そう言うとこだぞ!


彼女を惜しむ気持ちは真実だろうに、聖女を慕う気持ちと、国を想う気持ちを、こんな風にしか表現できないなんて、本っっ当〜〜に、残念なお方だ。


さすがに周囲の視線が絶対零度まで到ったのを感じたのだろう、王太子が軽く咳払いをする。


「聖女カナは我が国の危機を救ってくれた、救国の英雄だ。一同、聖女殿に敬礼!」


王太子の号令で、それぞれが身分や立場に応じた最敬礼をする。


聖女カナの目の前でこれをやれば、あれほど罵倒される事もなかったかも知れないのに。


王太子殿下、あなたは本当に、本当に、残念なお方だ。


でも、そんな彼が、俺は嫌いではない。なんて、我ながら不遜だな。


聖女は無事、戻れただろうか。


夫や娘と、再会できただろうか。


八年間、流すことのなかった涙を、解放できただろうか。


これからのあなたの人生が、幸多きものでありますように。



さて、次は瘴気を祓う新魔法の開発だ。


なに、彼女が置いていってくれた聖女魔法のデータはたっぷりとある。


次に瘴気が大量発生した時、この国はきっと、自力で乗り越えることができるだろう。


我々技術屋の腕の見せどころだ!



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