第2話

第二章


沈黙が流れた。紗季が、唐突に言った。


「ねえ明くん。私ね、昔、なんであんたの告白、断り続けてたか……覚えてる?」


「え、いや……正直、分かんない。ずっと気になってたけど」


「怖かったんだよ。明くん、まっすぐすぎて」


「まっすぐ?」


「無傷だったから」


紗季はカチャ、と義手でマグをつまみ、ゆっくり口をつけた。


「でも今は違う。私も壊れたし、明くんも……眼、見えづらくなってるでしょ?さっきの目の動きで分かった」


明は驚いたように笑った。


「よく見てるな」


「ずっと見てたから」


しばらく沈黙が続いたあと、紗季がぽつりと言った。


「私、いまも恋愛に自信ないよ。義手も義足も、受け入れてもらえる保証なんてないし。……でも正直言うと、ちょっとは打算もあった」


「打算?」


「“昔私を好きだった人が、まだ好きでいてくれてるかも”って思って……確かめたかった。こんな身体になった今でも」


明は黙った。


そしてまた、脳内会議。



👩‍🦱「ほら、来た。女ってのはね、心のどっかで“選ばれたい”んだよ。でも打算なんて当たり前。誰だって不安なんだもの」


👦「……じゃあ俺は? 紗季に近づいて、結局自分も見えなくなってくって、怖くないと思ってる? 正直、未来が見えない。怖いんだよ」


👩‍🦱「見えない未来でも、そばにいる相手を“選ぶ”ってのが愛なの。覚悟の問題よ」


👦「……怖くても、選ぶ、か……」



明は静かに、紗季の左手――義手じゃない、右手を取った。


「俺さ。多分、あと数年でまともに見えなくなる。医者にも言われてる。怖いよ。暗闇の中でひとりになるのが」


紗季の手が、ふるえる。


「……でもさ。ひとりじゃなきゃ、闇も歩ける気がしてるんだよ。紗季となら」

「紗季をもっと見ていたい」


彼女の目に、初めて見せる涙が浮かぶ。


「見えるうちにって、私が言ったのに……先に言われた」


「じゃあ、まだ見えるうちに、ちゃんと伝えるよ」


明はそっと笑った。


「好きだ。これが最後の恋でいい」



東京の夜景は、明の視界ではにじんで見えた。けれど、手をつなぐその感覚は、どこまでも鮮明だった。


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まだ見えるうちに 奈良まさや @masaya7174

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