引きこもり彼女と、ぶち抜きワンルーム生活

西藤りょう

第1話【ぶち抜いたワンルームでの生活】1


 北関東に位置する小さな町――青松台あおまつだい

 数多くの神社やお寺があり、町並みもどこか昔ながらの雰囲気があるその場所は、歴史と文化が調和した、趣のある町として知られている。


 そんな町の外れ。

 中心地から車で二十分ほどのところにある住宅地の一角に、築四十年の庭付きの一階建て日本家屋がひっそりと建っていた。

 

 外から見る限りは築年数相応の――言葉を選ばずに言うと、古びた佇まいをしている建物なのだが、少し前にリフォームを済ませたということで、外見に対して内装は洋風を基調とした近代的な作りになっていた。


 元々は4LDKの間取りで設計された平屋。


 みんなでくつろげる居間。

 落ち着いた雰囲気の和室。

 来客のためにこしらえた客室。


 かつて、それぞれの役割を担っていた部屋の壁をすべて”ぶち抜いて”作られたのは、広々としたワンルームだった。

 

 この物語は、そんなワンルームで繰り広げられる、引きこもり彼女と、そんな彼女をとにかく甘やかしたい彼氏、お家デートを極めたカップルのお話である。


 花見? イルミネーション? 水族館?

 家から出られないのなら、家の中――壁をぶち抜いて作り上げた広々としたワンルームにデートスポットを再現しちゃえば解決なのである!



☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 肌寒さが残る三月中旬。

 朝というには遅すぎるくらいの時間。

 気持ちばかりの仕切りに囲まれた、ダブルサイズのベッドに大雑把に敷かれた毛布が、もこもこと動くと彼女の一日が始まる。


 ――小森日奈こもりひな


 それは、人間らしい生活から外れてしまった者の名前だった。


 十九歳という華の時期。

 同年代の人々は、大学やら仕事やらで充実した時間を過ごしている一方、彼女は自分の人生を生きていた。


 日奈は毛布から顔を出し、それをパタパタ上下に動かしては中に新鮮な空気を取り込む。

 そんなことをわざわざするくらいなら、布団から出ればいいのだが、それができれば苦労はない。


 毛布の中を換気して、枕元で充電していたスマホを毛布の中から手を伸ばし、手に取ると朝のルーティンに取り掛かる。


 目を通すのは各国の経済情報や、社会情勢……などでは決してない。

 彼女が見るのは、最新のゲーム情報やガチャイベントの開催日をまとめているサイトだった。


 生粋のゲーマーである日奈。

 ブックマークしているサイトを上から順番にポチっとしてジャンプ!


 もしも期間限定のイベントを見落とすなんてことがあれば、悔しさのあまり日奈は血の涙を流してしまうだろう。


 ブックマークしているページを上から下へスクロール。

 そのサイトのチェックを済ませると、次のページへ。


 次のページ、次のページ、次のページ。


 それからしばらく。

 情報を仕入れた日奈は、朝の巡回を終えると、次に歯磨きなどの身だしなみを整える作業に入る。


 いくら彼女が重度の引きこもりだとしても、一緒に住んでいる”彼氏”がいる手前、最低限のことはしなくてはならない。


「ん゛っ、んーーー!」


 日奈はそんな声をあげながら体を起こし、全身を伸ばす。

 そして、愛する布団からようやく抜け出すと、洗面台へと向かった。


 とことこ、ペタペタと十九歳の女性が出すべきではない足音を鳴らしながら、その広いワンルームを横切り洗面台に着くと、鏡の前に立つ日奈。


 同年代と比べても小さな身長。

 そして、その身長にお似合いな童顔で……端的に言えば、彼女は年齢よりもずっと幼い容姿をしていた。


 ヘアターバンで肩甲骨までたらしたクリーム色の髪を括ると、洗面台に置いてあった洗顔フォームで顔を洗い、スタンドに立てかけられている歯ブラシを手に取ってシャコシャコと歯を磨く。


 その一連の流れは、日奈が人間らしい生活を送っている数少ない時間だった。


 あまりにもだらしない日奈の日常。

 それは人としてどうなのだろう。

 客観的に見たら、彼女はどんなふうに映るのだろう。


 しかし、そんな彼女でもちゃんと生きている。

 人間として生きているのだ。

 その証拠に――

 

「お腹……空いた」


 日奈は誰もいないワンルームで一人、そう呟く。

 絶対的に運動量が少なく、社会の輪から外れた日奈であっても、生きている以上、それは変わらない。


 もう朝食の時間は過ぎている?

 時間なんて関係ない。

 

 全然動いていない?

 うるさい黙れ。


 お腹が空いたら食べる。

 眠くなったら寝る。

 だらしないと言われれば、まぁ、その通りなのだが、それでも日奈は必死に生きているのだ。


 日奈はお腹に手を当てながら、一緒に住んでいる”彼氏”が作り置きしてくれた、カリカリに焼かれたベーコンと目玉焼きが待つテーブルへと向かう。

 その姿を例えるならば、自動でご飯が出てくるフードディスペンサーの前に群がる猫と言ったところだろうか。


「ご・は・ん、ご・は・ん」


 目玉焼きとベーコンを入れたレンジの中を覗き込みながら、そんな鼻歌を唄う日奈。

 ”ごはん”という単語が二回で、レンジのターンテーブルが一周回る。

 長年の経験が可能にした、計算し尽くされた鼻歌だ。


 そして、いよいよ朝食が温まると、紅茶をお供に彼女のブランチが始まるのだった。



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 さて、朝のルーティンを終わらせ、食事も済ませると、日奈は洗濯機を回している間に掃除を始める。


 重度の引きこもりである日奈だが、生活を彼氏に支えてもらっている以上、何もしないというわけにはいかないのだ。


 大型のテレビから流れるお昼の番組をBGMに、床を掃除機で掃除し、テーブルやキッチンを雑巾で綺麗にしていく。


 一見、家事が苦手そうな日奈だが、掃除だけは得意だった。

 どうせ引きこもるなら、綺麗なところで引きこもりたい。

 そんな思考の元、彼女は掃除のやり方を覚えたのだ。


 掃除をして、洗濯物を干し終えた日奈。

 彼女が次に向かう先は、ワンルームの角に置かれた大きな机だった。

 その上にはデスクトップパソコンに繋がれている二つのモニターと、ノートパソコンが置いてある。


「よし……始めよ」


 腰を痛めないようにと、買ってもらった座り心地の良い椅子に腰を下ろすと、日奈はモニターと向き合った。


 やることとは、大きく分けて二つ。

 一つはゲーム。

 これだけは外せない。


 そして、もう一つは彼氏がオーナーをしている本屋の仕事だった。


 とは言っても、仕事と言うには大げさで、主にやることは商品の販売意欲を高めるようなPOPを作ることや、従業員のシフト管理が主だった作業で、それは仕事というよりはお手伝いのようなものだった。


 デジタル作業が苦手な彼氏の代わりに、カタカタと軸の入ったキーボードを叩く日奈。


 もちろん、途中でお菓子休憩を挟むことも忘れない。

 紅茶と一緒にクッキーを食べて、またカタカタ。

 

 もちろん、一区切りがついたら、今度はゲームを起動して、カタカタ。

 


 そして夕方。

 日奈は、外から聞こえてくる聞き慣れたエンジン音にピクっと反応すると、キーボードから手を離し、玄関へとダッシュ。


 そして、玄関に取り付けられている全身鏡で自分の姿を確認し、変なところがないかクルリと体を回転させて全身を見ると――


 彼氏であり、結婚を約束した相手であり、ついでに保護者も兼任している、甘崎康平あまざきこうへいを出迎えるのだった。

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