第15話 ハートテリウス公爵家

「ハァ〜〜〜、面倒なことだ。どうすれば良いんだよ」


エルデバイス冒険者ギルド長クレックは憂鬱そうにしていた。

冒険者ギルドのギルド長室では、ダイスケを前にギルド長はこれから先のことを考え、ため息をついている。


「仕方ないでしょう。仕掛けてきたのは向こうですよ。宿を用意しておいてその部屋の中に人を忍び込ませ、周辺の部屋・天井にまで武装した人を配置して、殺気を隠すことも無く・・いや、殺気の隠し方を知らないのかもしれませんけど、強い殺気を放ってきましたから、こちらもそれ以上の殺気を当ててやったまで。剣は抜いてませんし、当然魔法なんて使ってませんよ、と言っても生活魔法しか使えませんけど」

「ハァ〜、もう少し穏便にできなかったのか」

「無理ですね。罪に問うなら徹底的にやりますよ」

「先に仕掛けてきたのは向こうなのは、先ほどラデウスが謝罪に来てわかっている。剣を抜いてもいないのは承知しているから罪にはならんさ。そもそも冒険者ギルドは王家とは全くの別の組織であり、王家や貴族にとやかく言われるつもりは無い。権力の横暴には戦う」

「それはよかった」

「ダイスケ。お前は一応Bランクだが、本当の実力は間違いなくSランクだ。本気でお前が暴れたら普通の騎士や普通の冒険者は誰も勝てん。無茶はしないでくれ。それとしばらくは周囲に気を付けろ」

「宿はどうすれば」

「しばらく、ギルドの宿泊所の広い部屋を貸してやる。そこに泊まれ」

「そんな所があるんですか」

「ギルド職員なんかが業務で使う場所だ。冒険者に貸すにはギルド長の許可があれば使える。かまわんよ」

「ありがとうございます」

「おそらく公爵家そのものは、ダイスケに危害を加えるつもりは無く友好的でありたいと考えていたはずだ」

「しかし現に」

「あれは表の当主が、娘可愛さのあまりの暴走だな」

「表の当主・・・暴走?」

「アリア様の父親がダイスケのことを娘を狙う虫と考えたようだ」

「はぁ???初めて会った人ですよ」

「それほどまでに娘であるアリア様を溺愛しているということだ。それに、ハートテリウス公爵家は少し変わっていてな」

「変わってる?」

「家柄だけでは無く強さが求められる。あえて言えば家柄よりも強さだ」

「公爵家なら家柄では」

「さらに言えば、3代続けて女傑の家で婿取り」

「女傑ですか」

「そうだ。しかも3代続けて全員が並みの女傑ではないぞ。表の顔は婿だが、本当の正式な公爵は妻の方であり、公爵家内での実権は全て女傑たちが握っている。さらに圧倒的な武力か、圧倒的な魔法の力で敵対的な相手をことごとく力でねじ伏せてきた正真正銘の女傑の当主。さらに皆頭もキレる。美貌と武力・魔力・知力・財力を兼ね備えた特異な存在がハートテリウス公爵家だ。そしてその三人の女傑は全員健在で元気いっぱい。公爵家の家宰であるラデウスが王国最強の剣術家と呼ばれているが、剣術にこだわりがなければ真の王国最強はこの女傑三人だと貴族たちが噂しているほどだ。まさに人外だな」

「まじか・・公爵家のお屋敷に行かなくてよかった」

「何を言っている。アリア様に行くと約束をしてるんだろう。必ず迎えがくるぞ」

「えっ、流石にこの状態では来ないでしょう」

「甘いな。女傑三人は一応、常識や礼節を弁えておられるが、強さへのこだわりは尋常ではないぞ」

「しばらく部屋から出ない方がいいですかね」

「ここにいることは知られていると思うぞ」

「まさか」

「女傑三人を甘く考えないことだ。だが、無体な真似はしないだろうから・・おそらく大丈夫だと思う。おそらくな・・・」

「大丈夫だとはっきり言ってくださいよ」

「・・大丈夫・・・な・はずだ」


ギルド長の口ぶりに不安になるダイスケだった。


ーーーーー


ハートテリウス公爵家領都エルデバイスにある公爵家の屋敷。

他の貴族の屋敷とは違い、質実剛健の家風を屋敷も表しており、過度な装飾などはされていない。

公爵家当主はモンドではあるがそれは表向きであり、本当の正式な公爵は妻のエリスであり、実質的な当主はハートテリウス家の三人の女傑である。

妻のエリス、その母であるキャロル、そしてエリスの祖母シェリル。

それぞれが公爵位を継いで、娘に渡してきていた。

シェリルは、ハートテリウス家初代の娘であり、ハーフエルフである。

500年もの長きにわたり公爵家の絶対的権威として君臨している。

さらに王立学園の理事長でもあり、歴代の国王も頭が上がらない存在であった。

モンドは家宰ラデウスの案内でそんな三人が待ち構えている奥の部屋へと向かっていた。

顔色はとても悪く、口数はとても少ない。

やがて一つの部屋の前で待ちどまると大きく深呼吸をする。

家宰ラデウスは、モンドの方を向く。


「旦那様、ご武運を」


その言葉に無言で頷きながら、ラデウスが開けたドアをくぐり中へ入る。

モンドが部屋に入るとドアが閉められた。

部屋の奥には三人の人物がいる。

向かって左にモンドの妻であるエリス。

向かって右にエリスの母であり前女公爵のキャロル。

中央の奥にエリスの祖母であるシェリル。

女系家族であるため女性上位の家である。

三人とも長く豊な金色の髪をしており、肌の色は白く、よく似ている。

そして、見た目の年齢が不詳である。見た目の年齢的な差があまり感じられないのだ。

キャロルやシェリルであればそれなりの年齢であり、特にシェリルはかなりの年齢のはずだが、どう見てもそのようには見えない。

シェリルはハーフエルでもあるため、エルフの血の濃さが影響しているのかもしれない。

三人とも日頃から完全に武人の立ち振る舞いのため、化粧も貴族の女性でありながらも薄化粧である。

着ている服も気品がありながらも動きやすさを重視している服を選んでいた。

何かあればすぐに戦うことを想定しているからである。

まさに常在戦場の女公爵であった。

三人の得意分野はそれぞれ違うが、それぞれ独自に二つ名まで付けられている。

妻のエリスは、槍を得意としており盗賊の群れを相手に、単独で何度も血祭りにしたことから、血槍の貴婦人。

義理の母であるキャロルは、氷魔法が得意であり、戦いの場において微笑みながら圧倒的な威力の氷結魔法を放ちまくることから、氷結の魔女。

義理の祖母であるシェリルは、魔法と大剣を得意としており戦場で大剣を振り回し、単独で敵の大軍を何度も退け国を救ってきた。その圧倒的で情け容赦ない戦いぶりからついた二つ名は、暴虐の軍神。


モンドはエリスに一目惚れして周囲の止めるのも聞かずに、そんな公爵家に婿入りしていた。

モンドはそんな自分の判断は後悔していないが、三人が怒っている時のあの冷たい目線はどうにかして欲しいと思っていた。


「お呼びとのことでまいりました」


妻のエリスが冷たい目線でこちらを向く。


「お座りください」

「椅子がないのだが」

「正座です」

「えっ・・・正座・・せめて何か座る物が欲しいのだが」

「正座です」


正座をしろと言っている時点で、かなり怒っているのが分かり、まず話を聞いてくれそうに無いため、仕方なく靴を脱いで絨毯の上で正座をする。


「なぜ呼ばれたのかお分かりですよね」

「さっぱり分からん」

「とぼけるおつもりですか」

「とぼけるも何も心当たりは無い」

「ラデウスからの報告を王都で受け取り、国王陛下の止めるのも聞かずに舞い戻り、春の日差し亭でアリアの恩人を待ち伏せしましたよね」

「何のことか分からん」

「あくまでもとぼけると」

「知らん」


義理の母であるキャロルがモンドを見つめる。


「婿殿。国王陛下の命令を無視して勝手に戻ってくるだけでも問題です。さらにアリアを助けてくれた恩人に対しての振る舞い。さらに問題なのが、ハートテリウス公爵家の婿、そしてその護衛たちが殺気如きで動けないなどという醜態を晒したことです」

「キャロル様。その様な醜態は」

「お黙りなさい。誤魔化せると思っているのですか」



そんな様子を黙って見ていた義理の祖母であるシェリルが口を開く。

それと同時に圧倒的な重圧がモンドにのしかかる。

窓ガラスや調度品がミシミシと小さな音を立てている。


「婿殿。あなたの努力は認めていますよ。ですがまだまだ精進が足りませんね。今のあなたではアリアにも勝てませんよ」

「・・・クッ・・そのようなことは」


モンドの心身にとてつもない重圧がのしかかる。

気を抜いていれば、あっという間に失神してしまいそうになるほどの圧力だ。


「相手のダイスケという冒険者は特例でいきなりBランクとなりました。これは100年ぶりのこと。ですがもしも特例措置がSランクまで可能であったら、間違いなくSランクとなったほどの相手。そんな相手に対して数を揃えこちらから喧嘩を仕掛けようとして、しかも情けをかけられたうえに戦わずして破れるとは呆れるばかり」


モンドにのしかかる圧はさらに強くなっていく。


「情けなどとは」

「相手が使ったのは単なる威圧では無く、おそらく私が使う威圧スキルと同じ王者の威圧」

「王者の威圧」

「単なる威圧のスキルなら当家の騎士たちなら少し動きにくい程度。動きを完全に封じてさらに当家の多くの騎士の気を失わせるほどの強さとなれば、私と同じスキルである王者の威圧しか考えられません。王者の威圧は弱者には手に入れる事ができない強者のスキルと言われています。強者が無駄に血を流さずに制圧するためのスキルだからです。ですが、威圧で動けなくなり、気を失った者たちが多くいたことも事実。それに相手は剣を抜いていません」

「そ・それは」

「剣術の腕前についても、あのラデウスが勝てないと言わしめているほど。そんな相手に勝てると思ったのですか、それとも公爵家の名前で相手が怯むと思ったのですか。そうであれば、傲慢との誹りを免れません。そもそも真の強者は肩書きでは頭を下げませんよ」

「も・申し訳ありません」

「皆が少々弛んでいる様です。これは久しぶりに皆を鍛え直す必要がありますね」


モンドの顔色がみるみる悪くなっていく。


「キャロル、エリス」

「はい、お母様」

「はい、お婆様」

「モンドと護衛騎士たちは本日より特別強化訓練。拒否は認めません」

「特別強化訓練ですか、何年ぶりでしょう」

「フフフ・・楽しみですわ」


特別強化訓練と聞いて顔色が悪いモンド。

「まさか・・特別強化訓練だと・・あ・あの地獄をやるのか」


「当家の他の騎士たちは明日から交代で順次参加させなさい。そして、しっかりと鍛え直しなさい」

「「承知しました」」

「ダイスケという冒険者は、ギルド長と一緒に昼食会に招待しなさい。その方が当家に来やすいでしょう」

「「分かりました。直ちに準備いたします」」


「お・お待ち・・」

モンドは立とうとしたが、足が痺れて転んでしまいしばらく動けなかった。

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