猫の初恋はみのる?ー猫の初恋事情

於とも

第1話 猫だったけど、ねこじゃなかったの??

 その日は、生まれて初めて、お母さんと一緒に外へお散歩に出た。

 いつもは、他の兄弟達と、家でお留守番しているんだけど

「今日はポカポカ暖かい日だから、お外に出てみようか~。」

って、お母さんに言われて、嬉しくて

「お外、行く~!」

兄弟みんなで、大賛成して、外に出る事になった。


 わたしの他には、同じ日に生まれたけど、一番最初に生まれたからって、お兄ちゃんになった、三毛の兄。わたしより後に生まれたから弟になった、白黒ぶちの弟。

 そして、黒のハチワレのわたし。鼻は黒色で、ハート型。

 その鼻の右と左に小さいほくろがあって、瞳はブルー。

 お兄ちゃんと弟の瞳は、金色ががった黄水晶の色。

 あ、これは全部、お母さんがそう言っていたからなんだけど。

 

 お母さんは、三毛のお兄ちゃんに

「あなたは、三毛だけど、男の子だから、絶対にお母さんから離れてはダメよ。攫われてしまうから。」

そう言った。弟にも

「あなたも、白黒ぶちだけど、しっぽが綺麗に丸まっているから、絶対にお母さんから離れてはダメよ。攫われてしまうわよ。」

そう言った。

「ねえ、わたしは?」

「あなたは、普通のハチワレだから、攫う人は居ないと思うけど……。まあ、お母さんの見える所には居てね。」

何だか、

『わたしだけ、特別感がないけど、まあいいか。』

そう思ったけれど、素直に返事はした。

「はーい。」


 初めて見る外の世界は、それだけでワクワクする。

 広ーい草原があって、虫がぴょんぴょん飛び跳ねていて。

 わたしは、虫を追いかけるのに、すぐに夢中になった。

 どんどん追いかけて、また、別の虫を追いかけて。

 

 はっと気付けば、お母さんがいなかった。

 きょろきょろ周りを見回すけれど、猫の子一匹いない。

「お母さん!お母さん!」

必死で叫んだ。何度も呼んだ。周りを呼びながら走って探してみたけど、

お母さんは居なかった。お兄ちゃんも、弟も、居なかった。

 怖くなって、木の陰に隠れて、泣いた。

 黒くて、大きな鳥が、空から睨んで来て、何度も何度もこっちに向かって来るから、恐ろしくなって、木の茂みの中に隠れた。

 

 泣いて、泣いて、泣いて。

 そうしたら、目の前に、大きな足が見えた。

 木の茂みを、がさがさかき分ける音がして、わたしは首の後ろを掴まれた。

 そうしたら、声が出なくなるのに。

 ぎょろっと、ガラスの目玉を着けた人が、わたしを覗き込んでいた。

 そのまま、首を掴まれて、ぶらぶらされながら、何処かに連れて行かれた。

 声にならないけど、お母さんを呼んだ。必死で呼んだ。


 そのガラスの目玉を着けた人は、わたしをどこかの場所の、何か大きくて暗い容器の、臭い場所に捨てた。そして、蓋を締めると立ち去って行った。

 わたしは、泣いた泣いた。

「お母さん、お母さん、お母さん!!」

声が枯れて、出なくなっても、ただただ鳴いた。悲しくて泣いた。


 その夜は、とても寒かった。

 一人ぼっちで過ごす、初めての夜だった。


 鳴く声も出ないけれど、それでも鳴いていたら、急に蓋が開いて、にゅっと大きな黒い手で掴まれた。

 必死で引っ掻いて、抵抗してけど、あっさりまた、何かに突っ込まれた。

 でも、そこは、いい匂いがして、暖かくて、ふわふわして安心できる場所だった。


 後になって分かったけれど、あの日、わたしは、かづま君の暖かい胸の中に入れてもらって、家に連れ帰ってもらったのだ。拾われたのだった。

 寒さで風邪をひいていたわたしを、お医者さんに診せて、手厚く面倒を見てくれて、元気にしてもらった。

 わたしは、かづま君が、大好きになった。

 かづま君から、『すず』という、可愛い名前も付けてもらって、わたしはその名を呼ばれるのが嬉しくて、嬉しくて、

「あん。」

って、返事をして、たまらず駆け寄った。


 ある夜、初めて、かづま君の布団に入れてもらって、一緒に眠った。

 嬉しくて、嬉しくて。いっぱいの愛情を込めて、かづま君の顔や、手を沢山舐めた。

 かづま君はくすぐったがって、笑ってくれた。

 幸せだった~。


 なのに、なのに、かづま君は変な呼吸になって。

 朝、起き上がってから、わたしを撫でることもなく、ふらふらしながら、布団を出て行った。顔は腫れて、目も腫れて。喉はゼイゼイひゅーひゅーいって。

 それから、にぎやかな車の音と共に、かづま君のお母さんと一緒に、どこかに運ばれて行った。

 

 これは、後から知った事なのだけど、人間には、時々、動物の何かが原因でアレルギー反応を起こす事があるらしい。

 かづま君は、わたしの何かが原因で、アナフィラキシー症状を起こして、息も出来なくなる所だったらしい。

「もう、猫と一緒に居られないかも知れない。」

 お父さんと、お母さんと、かづま君が、そんな話をしている。

 かづま君が、わたしのせいで、苦しんだので。

 

 わたしは、猛烈に悲しくなった。もう、大切な人と離れるのは嫌だった。

 大好きな、かづま君と離れるのは、嫌だった。

『嫌だ!嫌だ!離れたくないー!!』


 ただただ、無性に悲しくて、叫んだ。

全身で、気持ちを表した。大きく伸びをした。大きく、大きく伸びをした。


 そうしたら、自分の手がスルスル伸びて、しゅるしゅるって、毛が引っ込んでいって、すんなりとした、人間の手のような腕が現れた。

 脚も、同じように伸びてすっきりとした、人間の足になった。

『あれ??……あれれ??』

ただもう、びっくりして、かづま君を見たら、お父さんと抱き合って、わたしを、まじまじと見ていた。

 お母さんが、叫んだ。

「ダメ!みんな目をつむって!!女の子の裸を見るもんじゃありません!!」

『えええええっ!!わたし、ねこじゃなかったの?!』


 お母さんが、慌てて、自分が着ていたエプロンを脱いで、わたしに巻き付けた。

 そして、ガッと横抱きにすると、そのまま、お母さんとお父さんの寝室に駆け込んで行った。

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