第二章:辺境の村、再生の始まり

日報004:辺境へ、そして初遭遇②

 交渉成立……か?


 その時、ゴブリンリーダーが突如、棍棒を地面に叩きつけた。


「グガアアア!」


 咆哮と共に、ゴブリンたちが一斉に動き出した。交渉決裂、か。やはりそう簡単にはいかないか。

 セシリアとリリィが剣を構え、俺の前に出る。


「慎一様、お下がりを!」

「我々がお守りします!」


 ゴブリンたちが飛びかかってくる。騎士たちは見事な剣さばきで、次々とゴブリンたちを斬り伏せていく。だが、ゴブリンの数は多く、次から次へと襲いかかってくる。


 危機管理(EX)が状況を分析する。

 現状:戦闘開始。騎士は優勢だが、多勢に無勢。消耗は避けられない。

 リスク:騎士の負傷。今後の村の復興への影響。

 最適解:一時的な撃退。この場で殲滅する必要はない。


 俺は慌てて叫んだ。


「待て! セシリア殿、リリィ殿! 殲滅する必要はない! 奴らを村の入り口から追い払うだけでいい!」


 俺の言葉に、騎士たちは一瞬戸惑ったようだが、すぐに意図を理解したのか、戦い方を変えた。攻撃をかわし、致命傷を避けて、ゴブリンたちを押し返すことに専念する。


 しかし、ゴブリンリーダーはしつこい。他のゴブリンが押し返されていく中で、リーダーだけが真っ直ぐに俺目掛けて突進してきた。その巨体と棍棒の勢いは凄まじい。


 「慎一様! 危ない!」


 セシリアの声が響くが、間に合わない。棍棒が振り下ろされる。

 万事休す……か?


 その刹那、俺の脳裏に、かつて総務部で受けた「非常時対応訓練」の記憶がフラッシュバックした。会議室で暴れるクレーマー、振り回される傘、机の配置、避難経路……。


 体が勝手に動いた。重心を低くし、わずかに横へステップを踏む。棍棒は、俺の肩をかすめるようにして、虚しく空を切った。同時に、俺はゴブリンリーダーの足元へ、渾身の力を込めて足を払った。


 ゴブリンリーダーは、体勢を崩し、大きくよろめいた。その隙を、セシリアが逃さなかった。彼女の剣が、ゴブリンリーダーの脇腹を浅く切り裂く。


「グギィイイイ!」


 リーダーが苦痛の叫びを上げると、残っていたゴブリンたちが怯んだ。そして、リーダーが傷を負ったのを見て、一斉に森の奥へと逃げ去っていった。まるで潮が引くように、あっという間に姿が見えなくなる。


 騎士たちが警戒を解き、駆け寄ってきた。


「慎一様! ご無事でしたか!?」

「まさか、棍棒を避けるだけでなく、体勢を崩されるとは……!」


 セシリアもリリィも、驚きと安堵の表情を浮かべている。

 俺は肩を叩き、軽く息を整えた。あの時の咄嗟の行動は、完全に体が覚えている「雑務処理(A)」や「危機管理(EX)」の賜物だろう。戦闘能力はないが、危機を回避し、相手を一時的に無力化するくらいはできるらしい。


「ええ、何とか。この程度の魔物なら、問題ありません」


 少しばかり虚勢を張ってみる。騎士たちの信頼を得ることも、人材配置(A)における重要な要素だ。


「では、改めて村の確認に取り掛かりましょう。二人とも、魔物が完全に逃げ去ったか、警戒を怠らぬようお願いします」


「「はっ!」」


 騎士たちが返事をして、再び周囲の警戒に戻った。俺は、まずは拠点となる領主館の状況を確認するため、足を踏み入れた。


 領主館は、外見こそ朽ちていたが、内部は思ったよりも状態が良かった。屋根の大部分は残っており、壁も一部に亀裂が入っているものの、倒壊の危険はなさそうだ。埃は積もっているが、内部の構造はしっかりしている。


 広間、幾つかの小部屋、そして奥には寝室らしき場所もある。これなら、清掃と簡単な修繕で十分に利用できるだろう。


 俺は、領主館の内部を隅々まで見て回った。危機管理(EX)が、建物の安全性を確認する。主要な梁や柱に大きな損傷はない。予算管理(S)が、修繕にかかる資材と労働力を計算し始める。最低限の補修なら、それほど手間はかからなさそうだ。


「慎一様、何かお探しで?」


 セシリアが、警戒しながらも近づいてきた。


「ええ。まずは当面の拠点と、村の再建計画を立てるための情報を集めているところです。何かこの領主館について、ご存知のことは?」


「いえ、私どももこの辺境の地については詳しくなく……。ただ、この領主館には、裏に古い倉庫があるとか、ないとか。ですが、今は崩れて入れないかと」


 倉庫か。それは重要だ。何か使える資材が残っているかもしれない。俺は早速、領主館の裏手へと回った。


 領主館の裏には、確かに石造りの小さな建物があった。しかし、入り口は岩や朽ちた木材で完全に塞がれており、見るからに崩壊寸前だ。これを開けるのは一苦労だな。


「セシリア殿、リリィ殿。この倉庫の入り口を、安全な形で開けることは可能か?」


 俺が尋ねると、セシリアが眉をひそめた。


「恐らく、相当な力が必要かと。それに、これだけ崩れていると、下手に手を出せば二次被害も考えられます。危険です、慎一様」


 そうだよな。無理に開けて上から瓦礫が落ちてきては元も子もない。


 だが、この状況を打開しなければ、資材の調達が滞り、村の再建計画は大きく遅れる。予算管理(S)が叫んでいる。無駄な出費は避けたい。


 俺は倉庫の入り口を観察し、危機管理(EX)を起動させた。


 瓦礫の配置、石の重み、崩壊の危険性、安全な撤去手順……。頭の中で、無数のシミュレーションが瞬時に行われる。


 導き出された最適解は、単純な力任せではなく、精密な作業だった。


「セシリア殿、リリィ殿。もし可能であれば、あの大きな梁を剣で切り落とし、その次に右側のあの岩を僅かに横へずらしてほしい。左側の瓦礫は、私が支える」


 俺の指示に、二人は驚いた表情を浮かべた。素人の指示に、騎士が従うのか、という戸惑いもあるだろう。


「しかし、慎一様……それはあまりにも危険かと。それに、そのように精密に剣を扱えるかは……」


 リリィが不安げな声を上げる。


「大丈夫だ。私の目が狂っていなければ、これでいける。もし崩れそうになったら、すぐに退避する。信じてくれ」


 俺は癒しの笑顔(C)──いや、今回は「信頼させる笑顔」を騎士たちに向けてやった。二人は顔を見合わせ、やがてセシリアが決断したように頷いた。


「慎一様がそこまで仰るのなら……承知いたしました! リリィ、指示通りに!」

「はい、セシリア姉さん!」


 セシリアが剣を構え、俺が示した梁に狙いを定めた。リリィは、右側の岩に手をかけた。


 二人の騎士が、俺の指示通りに動き出す。セシリアの剣が正確に梁を断ち、リリィが岩をずらす。同時に、俺は左側の瓦礫に肩を当て、崩れ落ちないように支えた。


 ゴトン!


 梁が外れ、岩がずれる。一瞬、均衡が崩れかけたが、俺が支えた瓦礫がそれを食い止める。そして、倉庫の入り口が、まるで観音開きの扉のように、ゆっくりと開いていく。


 舞い上がる土埃の中、倉庫の内部が露わになった。中は真っ暗で何も見えないが、長年閉ざされていた空間特有の、カビ臭いような空気が流れ出てくる。


「やった……! 本当に開きました!」


 リリィが感嘆の声を上げた。セシリアも驚きと、そして俺への尊敬の眼差しを向けている。


「慎一様……あなたは、本当に、一体何者なのですか?」


 セシリアの問いかけに、俺は心の中でニヤリと笑った。


 俺は、ただの四十路の総務部長だ。

 だが、この異世界では、そのスキルがチートになる。


 倉庫の奥から、微かに光が反射する何かが見えた気がした。

 もしかしたら、この倉庫には、村の再建、ひいては俺のスローライフハーレム計画を大きく進めるための、とんでもない「お宝」が眠っているかもしれない。


 俺は希望を胸に、暗闇の倉庫へと足を踏み入れた。

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