第2話 出戻り王妃
実家であるモーリス家に帰ってきた私。玄関ホールでお母様のエクトールが泣きながら抱きついてきた。
「よく帰ってきたわねえ。しかしこんなひどいことをされるなんてママは思ってもみなかったわ。あんなところに嫁がせて本当にごめんなさい」
私はお母様を強く抱きしめる。
「いえ、お母様のせいでなくってよ。全てはお義母様思いのジョージのせいですわ」
「あんなマザコンだとは思っていなかったものねえ。お父様とルークスもお父様の書斎でお待ちよ」
「はい、お母様」
温かい空気に私は目からポロリと涙が零れた。王妃教育のために死ぬほど苦労もしたし、ジョージと結婚してからも常に王妃であるように振る舞ってきたので、こんな温かくもあり、そして自由な気持ちになったのは10代以来だ。それ以降の私の人生は暗黒と言っても過言ではなかった。
そんなことを思いつつ私はお父様の書斎へ向かうのであった。
◇◆◇
書斎に入ると既にそこにお父様とお兄様が居た。10歳下のフラールというとても愛らしい妹がいるが今からする話は聞かない方がいい話なのでここには呼んではいないのだろう。
私はお父様であるモーリス公爵とトロイア国宰相であるお兄様にカーテシーをする。
「恥ずかしながら戻ってまりました」
そんな私の言葉にお父様は瞳に若干の涙を浮かべながらぐっと拳に力を入れわなわなと震えているのがわかった。
「なにをいうか、恥ずかしくなどない。全てはあのマザコンが元凶であろう。渡りさえ一度も行わず、皇后様に似ている女を見つけたから離婚しろなどこの公爵家に喧嘩を売る所業にしか思えぬ」
愛などあった結婚ではない。公爵家の王家の血とトロイア王家の王家の血を途切れさせないために行われた政略結婚だ。
さらにお父様はモーリス商会という大商会をこの国のみならず他国にまで展開しているので、国と政商としての政略結婚という意味合いもあった。
次に口を開いたのはルークスお兄様だ。額には青筋が浮かんでいる。
「私になんの相談もなしにですよ父上。やっぱりあのマザコンをなんとかしないとこの国は終わりますぞ。その挙げ句目に入れても痛くない妹をこんな辱めに遭わせるとは許せない」
ルークスお兄様は結婚をしていない。いやできないという方が適切な言葉ではないか。国の全ての運営を任せられ、その多忙さは正気の沙汰を超えているのを私は王宮で見てきた。正直、血反吐を吐くようにしながら仕事をしている兄を見て何回も涙がこぼれたことがあるくらいだ。
「全ては私のふがいなさ故ですわ」
「なにをいうマリア!私はお前があの愚王の体面を崩さないように死ぬほど努力をしてきたのをだれよりも見てきているんだぞ」
そうルークスお兄様はいうと腰に掛けているサーベルをぐっと握った。剣を抜きたくなるほど憤慨しているらしい。
「そろそろこの国も引き際か」
そういうとお父様は両腕を組んだ。国のこともあるが、私は今後の生き方も考えていかなればならない。渡りがなかったとはいえ、そんな事実は他国のみならずこの国の貴族さえも知らないことだ。誰からどう見ても私が子を産めない体だと認識して、結婚は全て断られるだろう。
そして私は少し考える。実はお父様やお兄様にも内緒にしていることがある。それは私は実を言えば異世界転生者だということだ。涙が流れるほどに王妃教育をしている最中に、マザコンが庭で楽しそうに遊んでいたのを見たときにふと全ての記憶が蘇った。私自身もびっくりしたし、とても他人に言えることではないと思った。
「マリア、辛いかもしれないが、今日は自分の部屋でゆっくり休みなさい。嫁ぐ前のそのままにしてあるから」
お父様の言葉に私は驚いた表情をしたことだろう。5年も帰ってこない娘の部屋を維持していたとは。私はその家族の温かさに触れると、まだ王妃の頃の鉄仮面を被っていたことに気がつき、表情を崩して泣き崩れるのだった。
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