悩みを抱える女性たちの育乳を応援する話

にしゆかり

平野 真帆

第1話 朝の鏡

 朝の光が、カーテンの隙間から部屋の床を照らしている。

 平野ひらの真帆まほはゆっくりと立ち上がり、部屋の隅にある姿見の前に立った。

 タンクトップ一枚の姿。髪はまだ寝癖のままで、目も少し腫れている。


 けれど、彼女が見ているのは、顔じゃなかった。


「……やっぱり、ないなあ」


 胸のあたりを両手でそっと包む。

 触れれば、それなりにやわらかくて、温かい。けれど、がない。

 まるで押し花みたいに平たくて、奥行きも丸みも乏しい。

 


 ブラを選ぶときも、服を着るときも、目立たないように気を遣う。

 パッドで寄せて上げても、少し動けばすぐに元通り。

 そのたびに、気持ちまでしぼんでいくようだった。


 鏡の中の自分は、どこか所在なさげに映っている。

「女の子らしさ」って、何なんだろう。

 自分には、持っていないものばかりが、外にある気がしてしまう。



 そういえば――


 通学路で毎朝すれ違う、近くのOL風の女性がいる。

 落ち着いたベージュのコートに、自然に浮かぶ豊かな胸元。

 その人が通るたび、思わず視線が引き寄せられてしまう。


 羨ましい、と思う。


 でも、口に出したことはない。


「……はぁ」


 ため息が、薄い空気に吸い込まれていく。

 誰かに言ったら、きっと「気にしすぎだよ」と笑われるだろう。

 それでも、この小さなは、毎日少しずつ胸の奥に積もっていく。


 真帆は、引き出しからワイヤーなしのブラトップを取り出して身につける。

 締めつけない楽な形。けれど、それは同時に、何かを諦めているような気もした。


「……もうちょっとだけ、あったらなあ」


 たったそれだけの願いが、

 どうしてこんなに遠く感じるんだろう。


 

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