第6章「秘密の発覚」

第31話「偶然の目撃」

第6章「秘密の発覚」


 「ジャージャー」の警戒音で、隠していた秘密の在り処ありかが仲間に知られてしまった。けれど、それは新しい安らぎの始まりでもあった。


    ◇


 田辺先生が戻られて一週間が過ぎた頃、みずきは久しぶりに万年筆を使う機会があった。


 それは些細なことだった。図工の時間に使っていた彫刻刀の刃が欠けてしまったのだ。


「あら、困りましたね」


 田辺先生が見てくださったが、刃は完全に欠けていて、使い物にならない状態だった。


「みずきさん、お父様に直してもらえるかしら」


「はい」


 みずきが答えたが、心の中では別のことを考えていた。万年筆を使えば、きっとすぐに直せるだろう。


 昼休みになると、みずきは一人で工作室に向かった。他の生徒たちは外で遊んでいるので、誰もいないはずだった。


 工作室に入って、みずきは万年筆を取り出した。美しい青い軸が、いつものように静かに輝いている。


「お父さんに直してもらう前に、試してみましょう」


 みずきがつぶやいて、紙に文字を書き始めた。


「かけたるは ひとつに」


 文字を書き終えると、万年筆が温かくなった。そして、欠けた刃が元通りになっていく。


「やっぱり」


 みずきが嬉しそうにつぶやいた時、背後でガタンという音がした。


 振り返ると、工作室の扉が少し開いていて、誰かの影が見えた。


「誰?」


 みずきが声をかけたが、返事はない。足音が遠ざかっていく。


 みずきは慌てて万年筆をしまった。誰かに見られてしまったのだろうか。でも、影しか見えなかったので、誰なのかはわからない。


 午後の授業中、みずきは落ち着かなかった。誰が見ていたのか、どこまで見られたのか、気になって仕方がない。


 恵奈えなの様子を観察してみたが、いつもと変わらない。小瑠璃こるりも普通だった。他のクラスメートも特に変わった様子はない。


 もしかしたら、見間違いだったのかもしれない。


 放課後、みずきは小瑠璃と二人で帰ることになった。恵奈は用事があると言って、別の友達と一緒に帰った。


「みずきさん、今日は何だか落ち着きませんでしたね」


 小瑠璃が心配そうに言った。


「実は…」


 みずきが昼休みの出来事を話した。


「誰かに見られたかもしれないの」


「まあ」


 小瑠璃が驚いた。


「どなたでしょう」


「わからないの。影しか見えなくて」


 二人は心配そうに顔を見合わせた。


「でも」


 小瑠璃が考え込みながら言った。


「もし本当に見られていたとしても、信じてもらえるでしょうか」


「そうね」


 みずきが頷いた。


「普通に考えれば、あり得ないことだものね」


 でも、不安は残った。もし誰かが本当に見ていて、その人が信じてしまったら。


 次の日、みずきは朝から緊張していた。誰かが万年筆の秘密について話していないか、注意深く周りを観察した。


 でも、特に変わった様子はない。授業も普段通り進んで、昼休みもいつもと同じだった。


 みずきは少しほっとした。きっと、見間違いだったのだろう。


 ところが、その日の放課後、思いがけない出来事が起こった。


 みずきが一人で帰り支度をしていると、恵奈が近づいてきた。


「みずきちゃん」


 恵奈の声が、いつもと少し違っていた。


「少し、お話があるの」


 みずきの心臓が早く打ち始めた。


「何かしら?」


「人のいないところで話したいの」


 恵奈が教室を見回した。他の生徒たちはほとんど帰ってしまっている。


「ここでもいいけれど」


 恵奈が椅子に座った。みずきも向かい合うように座る。


「昨日の昼休み」


 恵奈がゆっくりと話し始めた。


「わたし、図書室に本を返しに行ったの」


 みずきの胸が締め付けられた。


「その帰り道で、工作室の前を通りかかったの」


 恵奈の目が、じっとみずきを見つめている。


「扉が少し開いていて、中から声が聞こえたから、のぞいてしまったの」


 みずきは何も言えなかった。


「みずきちゃんが一人で、何か不思議なことをしていたのを見たわ」


 恵奈の声は穏やかだったが、その目には確信があった。


「あの万年筆で、何かを書いて…そうしたら、壊れた彫刻刀が直ったのよね」


 みずきの頭の中が真っ白になった。


 ついに、秘密が恵奈にばれてしまった。


「恵奈ちゃん…」


 みずきが震え声で言った。


「わたし…」


「大丈夫よ」


 恵奈が優しく微笑んだ。


「怒っているわけじゃないの。ただ、知りたいの」


 恵奈が身を乗り出した。


「あの万年筆には、本当に不思議な力があるのね」

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