第6話「最初の奇跡」

 家に帰ると、みずきはすぐに自分の部屋に向かった。


 万年筆を机の上に置いて、改めて見つめた。本当に不思議な力があるのだろうか。


 目黒さんの言葉を思い出した。「人を幸せにするために使ってほしい」と。


 その時、居間から母の声が聞こえてきた。


「あら、また時計が止まっているわ」


 みずきは居間に行ってみた。柱時計の針が止まっている。


「この時計、最近調子が悪くて困っているの」


 母が困ったような顔で時計を見上げている。


「お父さんが何度も直そうとしてくださるのに、また止まってしまって」


 みずきは万年筆のことを思った。もしかしたら…。


「お母さん、私が何とかしてみます」


「みずき?」


 母が不思議そうな顔をした。


「少し試してみたいことがあるんです」


 みずきは自分の部屋に戻って、万年筆と紙を持ってきた。


 柱時計の前に立って、万年筆を手に取った。


 どんな文字を書けばいいのだろう。


 しばらく考えて、思いついた文字を書いた。


「とけい なおれ」


 文字を書き終えると、万年筆の先から薄い青い光がにじみ出た。光は時計に向かって流れていき、やがて消えた。


 みずきは息を止めて時計を見つめた。


 しばらくすると、時計の針が少し動いた。でも、まだ正確な時間ではない。秒針も時々止まってしまう。


「あれ?」


 みずきは首をかしげた。光は見えたような気がしたけれど、時計はまだ完全には直っていない。


 でも確かに何かが起こったような…いや、きっと気のせいだろう。


 みずきは万年筆を見つめた。本当に光が出たのだろうか。それとも見間違いだったのだろうか。


「みずき、時計が動き始めたわ」


 母が驚いた声で言った。


「本当ですか?」


 みずきも時計を見上げた。確かに針は動いているが、まだ不安定だった。


「あなた、何をしたの?」


「ちょっと…叩いてみただけです」


 みずきは慌てて嘘をついた。万年筆のことは、まだ誰にも話せない。


「そう。ありがとう」


 母が微笑んだ。


 みずきは部屋に戻って、万年筆を大切にしまった。


 少しだけ針が動いた。でも、それは本当に万年筆のせいだろうか。


 もしかしたら、たまたま時計が自然に動き出しただけかもしれない。古い時計は、そういうこともあると聞いたことがある。


 それに、青い光も見間違いだった可能性もある。夕日が万年筆に反射しただけかもしれない。


 みずきは首を振った。


「きっと偶然よね」


 でも、心の奥では、何か特別なことが起こったような気がしていた。


 明日学校で、小瑠璃こるり恵奈えなに話してみようかしら。でも、こんな突拍子もない話を信じてもらえるだろうか。


 みずきは万年筆をもう一度見つめてから、引き出しにそっとしまった。

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