第4話「古道具屋の店主」

 放課後、みずきは一人で町を歩いていた。


 小瑠璃こるりは母親の手伝いで呉服屋に直帰し、恵奈えなは他のクラスメートと遊びに行った。こんな時、みずきはよく町をぶらぶらと散歩する。


 桜川町は小さな町だが、歩いていると色々な発見がある。今日は、普段あまり通らない裏通りを歩いてみることにした。


 石畳の細い道を進むと、古い木造の建物が並んでいる。看板を見ると、表具師ひょうぐし下駄屋げたや、古本屋。どれも古い商売を続けている店ばかりだった。


 その中に、ひときわ古めかしい店があった。


古道具ふるどうぐ 目黒』


 薄暗い店の奥から、白髪の老人が顔を出した。


「おや、お嬢ちゃん、珍しいね」


 老人は人の良さそうな笑顔を浮かべていた。六十歳くらいだろうか。職人らしい手をしている。


「すみません、ちょっと見せていただいても…」


「もちろん、もちろん。遠慮しないでおくれ」


 みずきは恐る恐る店の中に入った。


 店内には古い家具や食器、掛け軸、人形など、様々な品物が所狭しと並んでいる。どれも時代を感じさせる品ばかりで、見ているだけで面白い。


「わたしは目黒啄木たくぼく。この店の主人じゃ」


「四條みずきです。よろしくお願いします」


 みずきは丁寧にお辞儀をした。


「四條さんというと、時計屋のお嬢さんかな」


「はい、そうです」


「そうか、そうか。お父さんには世話になっておる。腕のいい職人さんじゃ」


 目黒さんは嬉しそうに笑った。


「この店の品物は、みんな何かしら物語があるんじゃよ」


 そう言いながら、目黒さんは古い茶碗を手に取った。


「これは明治の頃の品じゃ。おそらく、どこかの商家で大切に使われていたものじゃろう」


 みずきは興味深く聞いていた。古い物には、確かに何かしら人の想いが込められている気がする。


「お嬢ちゃんは、古い物に興味があるのかな」


「はい、何だか…温かいものを感じるんです」


 目黒さんの目が少し輝いた。


「ほほう、それは面白い。感受性の豊かなお嬢ちゃんじゃな」


 みずきは店の奥を見回した。本当に色々な物があって、まるで小さな博物館のようだった。


「お嬢ちゃん、文字を書くのは好きかな」


 突然そう聞かれて、みずきは少し驚いた。


「はい、好きです。今日も学校で書道をしました」


「そうか、そうか。文字というのは不思議なものじゃからな」


 目黒さんは何やら意味ありげに頷いた。


「文字には、書き手の心が宿る。昔の人はそう信じておった」


 田辺先生と同じようなことを言っている。


「先生も、そんなお話をしてくださいました」


「田辺先生かな。あの若い先生は、古いことをよく知っておられる」


 目黒さんは店の奥へ向かった。


「少し待っておくれ。お嬢ちゃんに見せたい物があるんじゃ」


 みずきは店の中で待った。古い物に囲まれていると、不思議と心が落ち着く。時計の音や、外の車の音も、ここでは遠くに聞こえる。


 やがて目黒さんが戻ってきた。手には小さな木箱を持っている。


「これじゃよ」


 箱を開けると、中から美しい万年筆まんねんひつが現れた。


 みずきは息を呑んだ。


 それは見たこともないほど美しい万年筆だった。深い青色の軸に、金色の装飾が施されている。まるで宝石のように輝いていた。


「美しい…」


 みずきは思わずつぶやいた。


「これは特別な万年筆じゃ。普通の万年筆とは少し違う」


 目黒さんの声が、いつもより真剣だった。


「お嬢ちゃん、この万年筆を手に取ってみなさい」

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