第19話 公安と陰謀

「先ほど、橘伊織の自宅に行き、無事接触。異世界に関する情報を聞き出しましたので共有しております」


公安が橘に接触した帰りの車内、野村はこっそり仕込んでおいたボイスレコーダーの音声データと自筆のメモ書きを暗号通信で本部に送信する。


「ご苦労様。あちら(異世界)の動向は何か掴めたか?」


「いえ、やはり今のところ目的は不明のままです。橘伊織も現在こちらと異世界を自由に行き来できているという証言も得ました」


「そうか」


無線で繋がれた車内はその一言で一気に静まり返る。


「分かってると思うが、異世界に拉致された可能性のある民間人340名の安否が最優先。もし機会があれば異世界に潜入しろ」


「了解」


その後、ピッという無線通信が終わった事を伝える音が鳴ると無意識に入っていた力が抜け椅子にもたれかかる。


「もう私たちも七瀬って子にお願いして異世界連れて行ってもらいましょうよ〜」


「ダメだ。もし正体がバレたらどうなるかわからないんだぞ」


「でも、話聞く限りいい人そうじゃないですか〜向こうの人も」


「ただ、事実として異世界に渡ったと見られる340名が未だに行方不明なのも事実だ」


「こっちでの暮らしが嫌になって向こうで暮らしてるだけでしょ」


上司と部下との関係ではあったが、遅番で眠気もピークの時間ということもあり野村は上司の佐々木に愚痴をこぼしてしまっていた。


車は首都高速を巡航している。これから仕事に行く人で混み始めている中、仕事を終えたばかりの野村はなんとなく周囲に対して優越感を感じている。


特段会話もなく後は帰って着替えて寝るだけ。起きたら何を食べようかそんな事を考えていた。


他から見れば特殊な日常も、彼女にとってはいつも通りの日常である。


しかしそんな日常に、ある非日常が起こった。


それが何かを感じる前に目の前は真っ白に包まれ痛いだのそういう痛覚が一切なくなる。


焦げた匂いと遠ざかる意識。なぜこうなったのかが分からないままの意識は遠のいていく。


「速報です。先ほど首都高速道路上で車二台が炎上、爆発する事件が発生しました。繰り返します・・・」


このニュースは速報で全国に配信された。


たまたま学校に向かおうと準備を終えた橘の部屋のテレビにもそのニュースが映っている。


しかしながらこの手のニュースは頻繁ではないがたまにあるものだ。


特に気に留めずテレビを消し、カバンを背負って玄関に向かう。


「う・・・うぅぅ・・・」


声にならない声を漏らし、戻る意識とサイレンの音、そして焼けこげた匂いなど周囲の状況を把握しようとする。肝心な視界は真っ暗であるため、触覚や聴覚からの情報を得ようと必死になる。


「生存者発見!救急隊呼んで!」


微かにそう声が聞こえてきた。


次の瞬間真っ黒だった視界に光が差し込む。


目が慣れず、初めは目を閉じていたが目が慣れていくにつれて周囲の状況を理解していく。


おそらく首都高と見られる場所で、自分がさっき乗っていた車が燃えていたのだ。


ここまでの記憶を引き出し、業務終わりで帰っていたことを思い出す。


遠のく意識の中でそんなことを考えているうちに、いつの間にか担架に乗せられて居た。


「ご自身のお名前、わかりますか?」


救急隊員の男性は大きな声で耳元に向けて話しかける。


それを聞いて自分の名前を思い出し、返事をする。


「野村・・・野村絵里奈」


「身分証の確認できました」


そこまでの会話を聞いたところで、彼女は意識を失ってしまった。


次に目が覚めたのは病院のベットの上だった。


見慣れない白衣のような服に身を包み、起きあがろうとする体を点滴が止めてくる。


腕や足に巻かれた包帯を見るにかなりの負傷をしたようだが四肢は付いている。


少しして、巡回に来た看護師はこちらを見るに慌てて何処かへ行く。そして医者とスーツの男性を連れて戻ってきた。


先に医者が椅子に座り、容体について説明する。寝ぼけたような、微妙に頭が働いていなかったので「全治1ヶ月」と言う単語と「しばらくは安静に」その二つの単語だけが頭に残っていた。


医者の話が終わると、後ろに立っていたスーツ姿の男性が立ち上がり、看護師と医者が退出するのを確認してから扉を閉める。


「初めまして。所属は言えませんが今回の異世界案件を担当しているものです」


「同じく」


そう言いながら近づいてくる二人に少し警戒をする。


そして男性はタブレットを開きながらとある画面を野村に見せる。


「単刀直入に申し上げます」

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