第15話 気が付けば仲良くなっているものである

「いいの?」


「昨日頑張ってたご褒美?みたいな?」


「じゃあありがたく」


七瀬は以前一人暮らしと言ってたので、おそらくこの卵焼きは手作りだろう。ウインナーは流石に市販品だろうが、それでも心の底から


「・・・美味しい!」


と言葉が漏れるほどの味だった。


「でしょ〜!私料理得意なんだ〜」


橘の推測通りこの弁当は七瀬の手作りらしい。まさか女子から手作り弁当を分けてもらう日が来るとはっと橘は強弁当ではなく購買で昼を済まそうとした自分を褒め称える。


「あ、そうそう橘くん、今日話したかった事なんだけど」


「うん」


「魔法は異世界で使う分には問題ないんだけど、こっちの世界で使ったら色々問題なるっていうか。ほら!SNSで拡散されたらどうなるか分からないから絶対控えるように言われてるんだ」


「言われてるって誰から?」


「政府の人」


「政府の人!?」


橘は人気のない場所とは言え絶対大声で言わない方がいいであろう単語を口にしてしまったため、七瀬が慌てて止めに入る


「ちょっと橘くん!シーッ!」


「あ、ごめん・・・」


周囲を見渡すが、誰もいないのでおそらく大丈夫だろうと七瀬は話を続ける。


「私もよく分かってないんだけど、つい二週間目ぐらいに急に家に公安の人たちが来てなんか色々言われたんだ」


「公安ってあのドラマでよく出てくる?」


「うん。ドア開けたらスーツ着た人が五人立って取り囲まれるから」


「これからインターホン鳴る度にその可能性があるってこと!?」


「まあ、逮捕されるわけではないしちょっとお話しされるぐらいだから」


なんだか、とんでも無い厄介ごとに巻き込まれた気分になる。


さっきまで美味しいと感じていたお裾分けのお弁当の味をいつの間にか忘れてしまっていた。


「ところで今日ってその〜例の特訓お休みだけど自主練とかやるの?」


「昨日の筋肉痛が」


「意気地なし」


「やります」


「よろしい」


今日は帰ってゲームでもしながら体を休めようと思っていた橘であったがそうは問屋が卸さないらしい。


今日はランニングだけのメニューになり七瀬も付き合うとのことなので二人とも学校が終わってから家に直帰しアパートの下で待ち合わせることになった。


橘は帰宅し急いで入学時に一応買ったっきり着てなかったランニングウェアを身に纏う。


下に降りてしばらくすると自転車を引いた七瀬がやってきた。


「お待たせ〜!」


「七瀬さん、走らないの?」


「え?私魔法系だし、今日はコーチやろうかと思って」


ちなみに基本的に接近戦がメインになる戦闘系に比べ、魔法系とやらはサポートがメインになるので基本的にはトレーニングというよりは魔法のスキルを磨くことが大切らしい。


「七瀬さん、せめて電動自転車は辞めてよ」


「いいじゃん私か弱い女の子なんだから」


髪を靡かせながらドヤ顔してくる七瀬をジト目で見つめる橘


「じゃあ今日は5キロね」


無言の抵抗も虚しくランニングが始まってしまった。


走ると毎回あの日のことを思い出す。異世界の地で死に物狂いで走って逃げたあの数日は永遠のようにも感じた。


ただ、ここ数日で体力がついたとも感じる。以前は少し走っただけで息が上がっていたが、今では普通に走ることができている。


七瀬を引き離そうと何度が速度を上げるが、その度に電動自転車のモーター音と共に追い上げてくるので体力を無くして諦めて自分のペースで走ることにした。


二人はほとんど会話をする事が無かった。正確に言えば会話する余裕が無かったのだがそれでも一人じゃないという安心感が橘を包み込んでいる。


二人とも田舎出身であるがすっかり東京にも慣れてきていた為か、地図を見ずともなんとなく走る事が出来ていた。夕暮れの風を感じながらただひたすら走り続けるのであった。


「あ〜疲れた〜」


ランニングアプリで5kmを計測した頃にはすでに夕暮れとなっていた。


「止まっちゃダメ。歩き続けないと乳酸溜まるよ〜」


「は〜い」


七瀬のアドバイスに従って本当は座り込みたいところを歩き始める。


「そういえば橘くんって普段のごはんどうしてるの?」


「基本コンビニ弁当とかテイクアウトできるものかな」


「やっぱり」


橘の昼ごはんから察するにだろうなという顔をされた。橘は引っ越して最初の1週間は自炊をしていたが徐々にめんどくさくなり今では殆ど外食状態だ。


「ちなみに今日の晩御飯の予定は?」


「カレー」


「レトルト?」


「もちろん」


すると七瀬は半分呆れた顔をしながら


「橘くん、流石にそんな食事じゃいくらトレーニングしても無意味だよ」


「自炊したい気持ちもあるんだけど、俺料理下手で・・・」


自虐を交えたつもりで話したのが失敗だったのか一瞬の間が開く。


「だっ・・私が・ろう・?」


「え?なんだって?」


幹線道路沿いの車の音と小声のせいか声が届いていなかった。七瀬は一瞬の覚悟ののちに声を張り上げて言う。


「だったら私が作ろうか!」


「え・・・良いの?」


「一人分も二人分も変わらないから!あ、変な意味じゃないからね!!」


珍しい七瀬の大声に橘はつい立ち止まってしまう。


そして普段見せない照れてるよな、頬を赤らめた表情が面白いと感じ吹き出してしまう。


「な、何が面白いの!」


「いや、そんな怒ったような照れたような表情初めて見たなって」

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