さびれたレンタル道具屋の転生おっさん、道具の使い方を教えまくる。~客のS級冒険者が俺を歴戦の英雄と勘違いして弟子入りを求めてくるんだが~

遥風 かずら

第一章 思い立つおっさん

第1話 レンタル道具屋のおっさん、思い立つ

「うぅぅん……ふわあぁ。……また寝てしまっていたか」


 両腕を上げて大きな欠伸あくびをしながら目を覚ますと、そこは見事に静まり返る店内。道具棚には出番を待つ数々の道具が眠り、店先のカウンター付近には自分以外誰もいない。


 この世界で最初に目を覚ました時、俺は王都バーネルにある古道具屋の跡取り息子として生まれ変わっていた。


 跡取り息子として十七歳になった時、店を継ぐにはスキルの習得が必要と言われ、社会勉強と称して冒険者パーティーの荷物持ちとして預けられた。


 この世界の成人年齢である二十歳を迎える頃、前世の苦労の賜物あるいは神の気まぐれでも起きたのか、道具屋にとって最高ともいえる【無限収納】スキルを開花。


 その結果、別れを惜しむ冒険者パーティーから抜けることになり、王都の古道具屋を正式に継ぐことが許された。


 店を継いでからしばらく経つと流石に要領を得るようになり、退屈な時間が増えた。そんな時、俺は前世の記憶をふと思い出すようになる。


 記憶を元に出した結論は――こっちでもレンタル屋が儲かるんじゃないか? 


 ……という安易な考えだった。


 考えに至る伏線としてあったのは、無限収納スキルを使えるようになった辺りから冒険者パーティーで不要になった武器や防具、多くの道具を譲り受けていたのが根源にある。


 荷物持ちの経験があるうえ、見知った道具の知識を全て覚えたのがデカかった。


 そうして意気込んで始めたレンタル道具屋だったが、店の立地の悪さと古道具屋の常連客との相性が悪く、はっきり言って昔からいる王都の住人には受け入れられなかった。


 それならばと冒険者向けのレンタル道具屋であることをうたい、王宮街区に出向き騎士団の連中に話を通したことで効果は絶大。


 噂を聞きつけた外からの冒険者達がこぞって押し掛け、連日のように店が賑わった。急に忙しくなり、貸し出すだけでも手一杯で全ての客に対応出来ない時もあった。


 前世でも息もつかせぬ荷物との戦いだった。荷物預り所で久世くぜ織人おりととして働いていた俺は毎日のように荷物を置いては動かし、動かしては運びを繰り返していた。高齢も相まって過労で倒れたが――それも今となっては遠い昔。

 

「す、すみません……」

「おう、いらっしゃい!」


 俺の店では現在、駆け出し冒険者にお役立ち道具を安価で貸し出すという破格のサービスをしている。


「どうだ、役に立ったか?」

「ラビットシューズのおかげで足元が軽くなって、何とか逃げてこれました」


 連日のように大勢の強面な冒険者達が出入りしていたあの頃と違い、今やとても平和だ。


「今度は攻撃性の高い魔法道具なんかどうだ? 丁寧に教えてやるぞ!」

「いざ魔物の前に立つと足がすくんでしまって……ご、ごめんなさい~」

「無理させるつもりはないから気にするな」

「あ、ありがとうございました!」


 魔物を前にしながら戦えない新人冒険者――俺が現役だった頃の冒険者連中は血の気が多い奴らばかりだったものだが、こればかりは時代の流れ。


 もっとも、この店を開いたばかりの頃は戦いたくて仕方がない冒険者連中が好きなだけレアな道具を借りていったものだが、今は臆してしまうのか借りる者もいなくなった。


 さびれる原因の一つに店が王都の外れにあるのも関係しているが、元々ひと気が少ないというのが問題だ。


 王都バーネルは外から来た者が暮らす辺境街区、市民権を持たない者や元貴族、廃貴族が暮らす人民街区、王国に貢献するギルドや王国を守る騎士団と王族が暮らす王宮街区の、三つの街区で成り立っている。

 

 古道具屋は辺境街区の外門にほど近く、外れに位置する。外に近かったからこそ冒険者に向けたレンタル屋を開いたわけだが、物珍しさが手伝ったほんの数年だけだった。


 今ではほぼ閑古鳥が鳴く状態でひと気もなく常にさびれた状態だ。


 生活調度品、合成素材、武器や防具に魔法道具などなど、ありとあらゆる道具を取り揃えているにもかかわらず、王都に暮らす人間は外れにある我が店になかなか来てくれない。


 初めの頃に貸し出した道具の数々は冒険者連中が借りっぱなしで中々返ってこないのも問題だが、返却の仕方をよく聞かなかった者もいるからそこが悩みの種だ。


 そんな苦労の中で何とか経営をやっていけているのは、俺の店を馴染みにしてくれているお得意様の存在。


「ごめんください! アクセルさん、いる~?」


 噂をすれば。


「奥にいるから勝手に入ってきてくれ」

「は~い!」


 俺しかいないのを知りながらもきちんと声をかけて確かめてくる。


「もしかして忙しかった?」

「いいや。見ての通り退屈を持て余していたところだ」

「そうなんだ」


 俺の店を贔屓にするよわい二十三の女性だが、彼女は単なるお客さんではなく店の状況を気遣って宣伝も手伝ってくれる気立てのいい娘でもある。


「今日は何を借りていくんだ?」


 彼女は王国で唯一の上級職保持者で、冒険者クラスでいうところのA級だ。メインの動きは諜報活動。傭兵騎士団に所属し、国内外で活動している。


 常連である彼女との縁は長い。彼女がまだ幼い頃にも出会っているが、王都の傭兵騎士団に所属していると知りその時に声をかけて以来、王宮街区から顔を覗かせてくれる。


「あ! この前お借りした幻影マントを返すね! 凄く役に立ったんだ〜!」


 赤髪で切れ長の翠色の瞳、ショートボブの髪を左右非対称で分けていていつも顔を見せるたびに俺を褒めてくれるのも好ポイントだ。

 

「いつもの任務か?」

「そ。偵察が捗ったんだ~」

「……なるほど」


 王都自体は平和そのもの。だが、国を隔てれば争いの絶えない地域がある。そのせいか、彼女のように諜報任務活動をする者たちが少なくない。


 俺が貸す道具にはそうした者たちの役に立てるようなものもあり、彼女のような常連を得ているわけだ。


「姿を隠す以外に相手に幻を見せる性能だったが、それが有効だったわけか」


 敵真っ只中はもちろん敵情視察を難なくこなすのであれば、その動きに対する道具選びは正確にする必要がある。


 初めの頃は道具の選びに迷いも生じたが、今では要望以上の道具を貸し出せているのだから俺としても誇らしい。


「うん! お借りするときにアクセルさんから明確な道具を選んでもらって、それがぴったりと当てはまったの。いつも思っていることなんだけど、アクセルさんのその知識は尊敬に値するよね〜」


 道具の使い方を教えるのが好きだし、知識を身に着けてもらって役立ってもらえてるのはこちらとしてもやりがいのある仕事だからな。


 ……教えたがりのおっさんと揶揄されたこともあるが。


「はははっ。君に褒められると嬉しいものだな!」

「えへへ!」


 A級の彼女に羨望の眼差しを向けられるのも知識のおかげとも言える。俺の正確な道具選びと、レンタルする道具に好感を持ってくれているからこその態度なのだな。


「今日は何を借りていくんだ?」

「今度の遠征地は寒い地域なの。だから、氷に耐性のあるアクセサリーがあったら助かるかも」

「氷耐性装備か……。それなら、俺が若い頃に身に着けていたのがお勧めだな」

「若い頃? アクセルさんって冒険者パーティーにいたんだっけ? 今いくつになったの?」


 冒険者パーティーにいたのはほんの数年だからいたと呼べるか怪しいが。


「四十だ。君から見たら十分おっさんだと思うが(前世ではもっと年齢が上だったが)」

「ううん、年齢という経験値を重ねたこその知識だよ! それに、アクセルさんはまだまだ十分若いと思う」


 日常的な会話をしてくる相手が彼女だけとはいえ、言われると案外嬉しい。


「今でも若く見られるのは光栄だな。だが、こういう商売の場合は時としておっさんに見られる方が有利なんだ」

「へえぇ……そうなんだ~。やっぱり甘く見られちゃうから?」

「それもある」


 おっさんの昔話はともかく、俺は【無限収納】を使用してすぐに道具を取り出し、それを彼女に手渡した。


「あ、手首に付けるバングルタイプだ! そっか、これなら目立たずに動くことが出来るかも~」

「決めたか?」

「うん! それでは……えっと――ミレイ・ベルジュ……と」


 基本的に王都の騎士団や民に貸し出す場合、王都の決まりで必ず記名を必要とする。だが、冒険者連中にはその決まりがない。


 そのせいで――。


 道具の使い方は貸し出す時に誰であろうと対面で教えている。しかし、間違った使い方や適当な扱いをして道具をいためたり、ミスをして無関係な者を巻き込む冒険者がいると聞く。


 責任の所在はレンタルしている俺にくるから困りものでもあるが。戦闘で使用する武器や防具も多数扱っているが、俺は戦うことに関しては専門外。腕っぷしなんてありもしない。


「アクセルさん」

「……ん?」

「記名したのでアクセルさんのサインく〜ださい!」


 常連の彼女が借りる道具は全て活動に必要な物ばかり。その中にはレアな道具もあって、普通なら貸し出すにしても慎重になるのだが。


「レンタル道具屋アクセル・リオット……と。これでいいか?」

「素敵な名前だし、全然おっさんじゃないのに」


 前世の名前がひっくり返っただけだがそう言われると素直に嬉しくなる。彼女は道具を大切に扱う。そのおかげで今では完全に信頼する客となった。そんな彼女にとって俺の存在は、単純に話しやすいおっさんという認識だろう。


「そういえばさっき新人冒険者を見かけたけど、強そうに見えなかったなぁ」

「あいつらが借りていくのはお試し用だからな」

「そっかぁ」


 冒険者が借りっぱなしの道具がかなりあるが、対策を全く施していないわけじゃない。レンタルする道具一つ一つには、俺以外には分からない僅少きんしょうな魔石の欠片を印として付着させている。そうすれば、道具の状態や大まかな行方くらいはいつでも把握出来るわけだ。


 そうでなければ貴重な道具を易々と貸し出す真似は出来ない。


「いつも来てもらっているんだから、君は記名しなくても……」

「え、だって、アクセルさんに名前を呼ばれるのが嬉し……あ! それはそうと、肝心なことをお伝えしたくて!!」

「……うん?」


 笑顔を見せていたミレイだったが、よほど重要な話なのか真剣な表情で俺の顔をまっすぐ見つめてくる。


「アクセルさんの耳にも届いてるかもだけど、最近また魔物の活動が活発になってる。王都周辺はそんな心配はないんだけど、他国に行けばいくほど危なくなってるんだって」


 魔物の動きは俺が冒険者パーティーに同行していた時が一番危ないと感じていた。それ以上に冒険者の数も多く活発だったから、問題はそこまで深刻じゃなかった。


「冒険者連中は何をしているんだ?」

「……道具を上手く使いこなせなくて苦戦してたりするみたい。各国のギルドも対応に追われているけど、支援が追いつかないとか色々聞こえてくるよ」

「俺から借りていった道具も関係していそうだ……そういう意味じゃ俺にも一因がある」


 諜報活動をしているミレイは情報通だ。知りたくなくても自然と話が入ってくるのだろう。に関しては特に。


 それにギルドでも手一杯か。しかも道具を使いこなせていないでそんなことになっているとはな。


「冒険者が道具を使いこなせないのはアクセルさんのせいじゃないよ!」

「お、おぅ」

「……今までアクセルさんのお店で借りていった冒険者連中って数えきれないくらいいたよね?」

「まあな」


 どういう使い方をしてるかは分からないが役に立っていれば何よりな話。だが、そうでないとすれば良くない話が広まってもおかしくない。


 それを気にしてなのか、ミレイが腕を組んで何やら考え込んでいる。


 しかし、いいことでも思いついたのか俺に笑顔を見せながら――


「――アクセルさん! 今まで貸しまくった道具のきちんとした使い方を冒険者連中に教えに行くのはどう? そうすればお店もまた賑わうと思うんだ~」

「おっ! いいかもしれないな」

「でしょ?」


 店先で教えても話をきちんと聞いていない者もいただろうし、間違った使い方でそのままにしている者もいる。忙しかった時の対応で上手く伝わらなかった者もいるだろうし、そのせいで苦労を強いられている者もいるはずだ。


 そういった奴らに教えていけば店の評判も上がってゆくゆくは――。


「よし、決めた。俺はこれから世界各地に散らばる冒険者達に道具の使い方を教えに向かう!!」





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