第2話 前日弾 上

 イングランドとウェールズの国境に広がる土地、シルウッドに、シルウィン家本邸は佇んでいた。質の良い家具が緻密に並び、シャンデリアが軋んで揺れている。カチカチと時計の針だけが、その場の音を支配していた。

 アキは姉のハルと共に、座り心地の良い椅子に腰を掛ける。顔をとりあえず下に向けて、反省したフリをした。


(俺達を糾弾するための会議になるんだろうな。きっと。)


 重役皆が席に着いたところで、壮年の男が苛立ちをぶつけるように口を切る。


「はぁ… 今後のシルウィン家をどうするつもりかね?ロダリック卿を殺害するなぞ…」

「医術で地位を築き上げた我が一族が、BPDによる事件… 世間にさぞかし、騒がれるでしょうね。」


 貫くような冷たい視線が彼らに刺さった。そんなことを言われても、彼らは精神科医でも心理士でもない。実母の暴走を止めることなど不可能だ。

 それに————


(母様を見捨て続けたのは、貴方達の方じゃないか……)


 心臓から、粒だった黒いざらつきが湧いてきた。

 しかもアキは18歳だ。責任だけは大人として問われるくせに、逃げる力も、戦う武器も、何ひとつ持たされていない。

 結局のところ、どうすることもできないのだ。

 心の中で、息を吐き出した。


(いつもみたいに、黙って、理不尽を受け入れよう。今は反省した顔にしなきゃな。)




「しかしそれを彼らに言ったとて、事態は収束しないぞ。」


 悪意を払い退けるように、静かな声が響く。

 氷細工や彫刻を連想させる、無表情の美しい青年がこちらを見ていた。混じり気のない、原色の青い瞳は、えも言えぬ圧力を有している。


「エリオット卿…」


 男達は上座へ目線を運び、ため息を吐いた。

 ロダリックが手塩にかけて育てた直系の孫。シルウィン家を背負うために、次期当主として教育を施された、合理主義を体現した天才。


 この場で彼に逆らえる者など存在しなかった。


「まずは祖父の遺言通り、この私、エリオットが男爵シルウィン家の当主及び、シルウィン財団の理事長となる。各々方、異存は?」


『ありません。』


「では続けよう。此度の件の被疑者、アイヴィーの娘と息子の処遇についてだ。彼らに一切の罪はないが、身の振り方を議論する必要がある。これについて、ハル、アキ、異存は?」


「ありません。」

「…ありません。」


「差し当たってハル、お前の芸能活動についてだが」


「分かってるわ、エリオット。」


 エリオットに軽く微笑み、長い赤髪を揺らしたハルが立ち上がり、前に出る。普段は快活な笑顔を見せる彼女が、今は貴族としての誇りを表情に映していた。


「この度の件で社会的地位に損害が出た方には、男爵家の嫡子として、私が個人的に、道義的補填を致します。」


 その言葉に、エリオットが眉をひそめる。


「金は大丈夫なのか?」

「私がいくら稼いでると思ってるの?これくらい平気よ!」


 春空を眺めた時のような、爽やかな笑顔。

 ハルの笑顔は名を体現したように、見る人の心を温めて、心地よい安堵の光をもたらしてくれた。


 ハルはいつだってそうだ。俺が暗がりにいる時、必ず手を差し伸べて守ってくれる。俺だけの英雄だった彼女のことを、皆が好きになる。


「それに、音楽活動は続けるわ。ヘイトと注目を集める、スケープゴートが必要でしょう?」


「…損な役割を押し付けてすまない。」


「気にしないで。全部承知の上で、お祖父様にバンド活動の許可を貰ったんだもの。」


 ハルは周囲を見回す。驚く者、目を逸らす者、憎らしそうに睨む者、全ての人の顔を見て、髪をかき上げた。


「これが、私にできる責任の取り方です。つきましては、弟アキへのご高配を賜りますよう、皆様にお願い申し上げます。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る