追放ギルド職員の三ツ星スローライフ~辺境グルメギルド、開店しました!~

ROM

1. 解雇。そして辺境へ

 冒険者ギルド。ここには、たくさんの夢や希望が溢れている。


 身分なんて関係ない。誰しもが富や名声を掴む権利を持っており、今日も夢見る冒険者たちが必死の形相で依頼書を奪い合っている。


 そして俺たちギルド職員の仕事は、そんな彼らのサポートをする事だ。


 己の知識や経験を活かし、彼らが無事に依頼を達成できるよう尽力する。あまり日の当たらない立場だけど、中にはちゃんと理解してくれる人だっていた。


 だから今日もカウンターに立つ。ギルド職員歴三年、俺ことレッカーは今日も冒険者のために――


「お前はクビだ! 今すぐこのギルド……いや、王都から出て行け!」

「……え?」


 冒険者ギルド『黒い蛇』のギルドマスターであるファオルからそう言われ、一瞬頭の中が真っ白になる。


 だが、その意味を理解するにつれ、段々と納得できない気持ちが強くなってきた。


「な、何故ですか!? 今まで真面目に働いてきたつもりです! それなのに突然クビだなんて!」

「真面目に働くだけなら誰にでもできる。重要なのは、どれだけ組織に貢献できるかだ」

「それは、そうかもしれませんが……それを言うなら、他の人はどうなんです?」


 そう言いながら、視線を周囲に送る。ほとんどの職員が俺から目を逸らした。


 貢献どころか、まともに仕事すらしていない職員がいる事は周知の事実だ。だというのに、ファオルは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「フン、この期に及んで責任転嫁とはな。お前のような無責任な奴は、やはりこの栄誉ある『黒い蛇』には相応しくないな」

「俺はただ事実を――」

「おい、この不快な奴を早く追い出せ!」


 ファオルがそう言うと、男の職員たちが寄ってたかって掴みかかってきた。乱暴に引きずられながら、ギルドの外へと追いやられていく。


「ああ、そうそう」


 そこでファオルが、今思い出したと言わんばかりに口を開いた。


「とある伯爵家の四男が、就職先を探しているらしくてな。良いタイミングで枠が空いてくれた」

「!」

「さらばだ。二度と会う事はないだろう」


 最後に見たファオルの顔は、嫌らしく歪んだ笑顔だった。


          ◇


 俺が所属してい冒険者ギルド『黒い蛇』は、ここ数年で急成長を遂げた新興のギルドだ。現在、最も注目されているギルドの一つと言って良いだろう。


 しかもギルドマスターのファオルは貴族の出身だそうで、貴族家や商会とのパイプが太いと聞く。


 つまり――


「うちは冒険者で持ってるようなものだからさ。悪いけど、他を当たっとくれ」

「『黒い蛇』はお得意さんなんだ。睨まれるのはごめんだよ」


 噂が広まったのか、それとも裏で手を回されたのか。他の冒険者ギルドはおろか、宿屋や酒場などの他業種でも雇ってもらえなかった。


 曲がりなりにもギルドで三年間働いていたので、最低限の読み書きや計算はできる。だから、選り好みしなければ働き口は見つかると思っていたのだが……考えが甘かった。


『王都から出て行け!』


 ファオルの言葉が思い出される。これはそのまま、ギルドだけでなく王都からも追放するという意味だったのだろう。


「……でも、その方が気が楽かもな」


 自分を追い出した相手がすぐ近くにいる環境よりも、いっそできるだけ遠くに逃げてしまった方が良いのかもしれない。


 俺は残り少なくなった持ち金を握り締め、王都から出る。通りがかった馬車に片っ端から声を掛けていると、これから辺境へ向かう一台の馬車を見つけた。


 行商をしているという中年男性と交渉し、荷台に乗せてもらう。もちろん代金は支払った上でだ。


 特段驚くような様子もなかったし、別に珍しい事ではないのだろう。あるいは、これも彼にとっては商売のうちなのかもしれない。


 荷台の上で十日ほど揺られ、やがて馬車は目的地へとたどり着いた。


「ありがとうございました」

「いいってことよ」


 行商のおじさんに礼を言うと、気持ち良く返事をして去って行く。……うん、善い人だったな。


「さて……ここが『ハンメル』か」


 隣国にほど近い辺境の町、ハンメル。栄えているというほどではないが、寂れているという印象もない。住むには丁度良さそうな町だ。


 まずは仕事を探――ぐぅ。腹の虫が大きく鳴った。


「……先に飯だな」


 とはいえ、残金は残りわずか。節約のため極力食べずにここまで来たが、それでも一食分あるかどうかだ。


 安くて量の多い店を……と考えた所で、とても美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。空腹が刺激され、ますます腹の虫が騒がしくなる。


「こっち、か?」


 匂いに誘われるように、大通りから脇道へと入る。そこから少し奥へと歩いた場所に、はあった。


 二階建ての立派な建物――だったのだろう。良く言えば歴史を感じる、悪く言えばボロボロの廃墟にしか見えない建物だ。


 石造りの基礎部分はしっかりしているようだが、いかんせん木造部分が酷い。この看板だって、もう文字が見えな――


「……あ、れ?」


 突然、視界がグラリと歪む。空腹と長旅の疲れで限界を迎えた俺は、そのまま意識を失った。

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