第4話 始めよう、異世界のユリエイギョウ!

それからしばらくヒトミちゃんによる説明が続く。

静まり返った会議室にせせらぎの如く美しい彼女の声が心地よく響き渡る。

それ以外、何も聞こえない。

強いて言うならあたし含め家臣や人間界から人たちの息する音くらい、かな。


「……以上があの、私の世界で最近流行ってる百合営業、です」

「なるほど」

「ひっ」

「演説、お疲れ様です。素晴らしいアイデアを聞かせていただきありがとうございます、ヒトミ様」


ところどころ声、つっかえてて緊張してますって伝わっちゃったけど。

それでも最後までちゃんと説明してくれた。

お礼の気持ちを込めて軽く頭なでなでしてあげるつもりだったけど、また避けられた。

スキンシップ苦手な子なのかな。


「要するにヒトミ様の住む世界ではハイシン? というものが盛況しており、近頃みんながみんなそれに夢中だと」

「そしてその内容は女の子同士の非常に仲睦まじいやり取り、ひいては「付き合ってるのでは?」と勘繰らせるのがブームなんですね」

「は、い。私がその、そういうの大好きなガチ百合オタクだからかもしれませんけど……」


相変わらずあたしの膝の上で人差し指同士合わせてチョンチョンしてる。ちょっと照れくさいみたい。


「いかがでしょうか、魔王様」

「採用」

「魔王様!?」


採用以外考えられない。てかそれ以外、何もないんじゃない。


「絶対上手くいきそうじゃない?」


各地域に住む人々に自分の、自分たちの絡み合いを届ける。

しかも見る側は動く必要なんか全くない。今居る場所で大事な己の時間を割いて、楽しめばいいだけ。

ものすっっっごい斬新だ。革命的だ。いや、もう革命そのものだ。

斬新すぎる。目から鱗どころか翼生えそう。

さっすが異世界だね。戦争当時、人間界の王に正論パンチ連発するだけはある。


「あわわ、わっ……」

「なんでみんな、そんな驚いてんのよ」


なんとなくだけどみんなの様子がおかしい。

どちらともなくみんな驚いてる。いや、これは戸惑ってる?

頭三つの室内飼育型の魔物が野生のスライム見た顔してる。


会議室にどよめきが広がってる。アフェなんかメイドと何やらひそひそ話してるし……。

そんな空気感が苦手なのか、ヒトミちゃんは自分の身体を抱きしめていた。

聞いてすぐビビッと来たんだもん、これは即採用以外ないって思うけどなぁ……。


「魔王様が酔っ払ったみたいなこと言うからですよ」

「はぇ?」


え、そんなこと言ってないけど?!

あたしのどこに酔っ払った発言あったんだ。


「こーらオマイウ様。ダメですよ、いくら魔王様とはいえそんなこと言っちゃ」

「女王……」


同じ立場の者だけに理解できる節があるらしい。

持つべきものは仲間って本当ね。今度、女王が会議中にこっそり飲み始めても許してあげようかな……。


「遠慮は要りませんよ? 「あなた様がグダグダしたせいで無駄苦労したじゃないですか、このダメ魔王。早く靴を舐めなさい」って本音、言ってください。さあ」

「おいこらアル中クソ女王」


持つべきものは同じ立場の仲間なんかじゃなかった。

何食わぬ顔で刺してきやがったな、この女。

今度から会議中、こいつのお菓子だけ塩分たっぷりの物に変えてやるんだから……!


「ま、まあ私は魔王様の気持ち、わかるよ? でもねぇ……」

「こんなあっさり決めるなんて思わなかったって言いますか、あはは、あは……」

「アンタらねえ……!」

「魔王様、ヒトミ様が怖がってます。魔力のお控えを」

「マジ?」


本当だ。魔力がちょっと外に漏れてる。

興奮して勢いで出ちゃったのかな。

そのせいで膝の上で完全に固まってるヒトミちゃんに気付いてあげられなかった。ごめんごめん。


異世界から突然呼び出され、一度も触れたことない魔力に急に当てられたら怖がるのは当然のこと。

さっそく魔力を引っ込み、今度こそ大丈夫だと頭を撫でてあげる。


「え、ヒトミちゃんの髪質ヤバっ!」

「ひぅ……あ、あにょ、やめ……」

「それより魔王様、まず具体的なやり方をヒトミ様からお聞きした方がよろしいのではないでしょうか」

「そうだったそうだった」


やっと撫でられて感激してるとこじゃなかった。


「ひぅっ、うう」


頭を撫でる手は停止。魔法を使ってヒトミちゃんを浮かせ、振り向かせる。


「ヒトミちゃん」

「ご、ごめんなさぃっ! あの、その、いやとかではなくて……」

「うん、わかるよ。それよりさ」

「は、はい」

「さっき言ってたニオワセ? ユリエイギョウ? その流れとかやり方とか教えて」


ヒトミちゃんは確かそっちに興味深々とかなんとか言ってた。

なら、そのやり方とか色々教えてもらえるはず。

と、期待してたけど……。


「そ、その、あの……ご、ごめんなさい」

「ん、あ? え?」


どうして謝るんだろ。

謝られるようなことした覚え、全くない。

もしかしてあたし、拒まれた?


「ち、違くて! あの、あのぉ……」


予想外の返答に面食らってたらそれが表情に出ちゃったらしい。ヒトミちゃんが再びあわあわし出した。


「わ、私そっちの仕事全くしてなくて、詳しくなくて……か、変わりにあの、どういう経緯で配信が見れるか、ふわっとしたイメージは教えられ、ます」

「そういう意味だったの。よかった、魔王様がまた人間殺さなくて済んで」

「こーらアフェ、さすがにライン超えてるよ。殺されたいの」

「ひいぃぃぃぃ」

「魔王様が怖がらせてどうするのさ……」


どちらかと言うとアフェの余計な一言が原因な気がするけど。

どうしてあたしが責められなきゃならないのか。

ホント解せない。げんなりだわ、げんなり。


「ご安心ください、魔王様はそういう方ではありませんよ。ウチが保証します」

「は、はい」

「その……ハイシン? が見れる説明、お願いできますか?」


女王のフォローのおかげらしい。

怖そうにしてるけどちゃんと説明してくれるらしい。

ホント助かった。今度、やっぱり飲み会付き合ってあげよう。


「は、配信の経緯と言いますか、あの」

「うん」

「はい」

「ゆ、百合営業ってVtuber界隈の方でかなり盛況してまして、あ、実写では最近は同棲してるけどカップルじゃない二人組の動画もアップされるようになりましてですね。それで……」


また知らない言葉出てきたな。

それに何だろう。

わーって物凄くいろいろ熱弁してくれてるけど何一つ、訊ねた内容に関係ない気がする。

まあこれはこれで可愛いから、一区切り付いたら質問しようかな。


「……その動画の見る方法なんですけど」

「うんうん」

「――動画サイトって基本ライブ配信完全対応でして、準備してカチャってクリックしたらどこでも流せる仕組みです」

「なるほど。どこでも見れる、流せるってことでしょうか」


核心をつく女王の質問にヒトミちゃんが凄まじい勢いでうんうん頷く。


「さすが女王様、鋭いところに気が付きました」

「えへへ、褒められましたよ魔王様」

「自慢する要素あった?」


無い胸を張るんじゃない。


「配信のイメージはそうですね……みんなスマホ経由でひとつの配信見てますので、講堂に集まって公演見てる感覚に違いです」

「えっと……?」

「感覚の話です。えーっと、どうすれば伝わるのかな……」


女王に向いてた手を顎に乗せ、悩み始める。

あーでもないこれは……って呟きながらうねってる。可愛い。

こちらにない文化だし、どうしたら伝わりやすいか考えているとこだろう。


「ぽちっとボタン押したら頭の中にその人の映像が浮かんでチャットっていってリアタイ――実際話し合う感覚で情報交換が出来る、に近いでしょうか……?」

「ああ、そういうことね」


すまほ?ってやつは頭、実際話し合う感覚の情報交換がおそらくチャットね。

なるほど。要は映像付きテレパシーの中継バージョンか。

それなら話は早い。


「さっそくその『ユリエイギョウ』ってやつ、試してみようじゃない」

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