1の2 出稼ぎ行ってきます!…からの半年後

「安心して、二人とも。今日ね、隣の領地ですっごくいい話を聞いてきたの。来年の春に王都で春装祭があるでしょ? それでドレス工房がお針子を募集してるんですって。私、王都に行ってお金を稼いでくるわ!」


 任せなさい、と胸を叩いて言い放った。二人は目を点にしている。


「えーっと……それってつまり、出稼ぎだよね。姉様、王都に行ったことあるの?」


「ないわよ。でも今から稼がないと、クリスの二年後の入学に間に合わないでしょ。私は学校に通わせてもらったし、クリスも行った方がいいわ。学校に行かない貴族なんて、世間から没落したと思われちゃうわよ」


 フラトンの貴族は十二歳になると、国内各地にある貴族向けの学校に三年間通う。貴族と裕福な商人の子なら、全員が通うといっても過言ではない。


 その状況でグレニスター家の子どもだけが学校に行かないなんて、世間に対して「うちは没落してます」と公言するようなものだ。

 父がかなり無理をして私を学校に行かせたのも、それが理由だった。


「やめるんだヴィヴィ、王都は危険だ! レカニアとは比べものにならないぐらい、人間がうじゃうじゃいるんだぞ。その中には変な奴だって混ざってるだろう。だいたい貴族の娘が出稼ぎなんて……」


 しばらく放心状態にあった父が、慌てた様子で叫んでいる。


「お父様、心配しすぎよ。王都って王宮騎士団と聖騎士団が守ってるんだから、危険なことなんてないわよ。それにね、ちゃんとお針子用の寮もあるみたいなの。築五十年でかなりボロいって注意書きはあったけど……身一つで行けるのよ!」


「騎士団……聖騎士……」


 ハッとして、何か考えこむように顎に手をあてる父。その横ではクリスが「いいんじゃない?」と、なぜかワクワクした表情だ。


「姉様は洋裁が得意だもんね。それにこんな田舎じゃ出会いなんてないし、働くついでに王都でカッコいい義理のお兄さんを見つけてきてよ!」


「はあ? あのね、私はお金を稼ぐために行くのであって」


「いや、それは名案かもしれんぞ。ヴィヴィはセシルに似て美人だから、きっと騎士の誰かに見初められるに違いない! もしかしたら、聖騎士が家族になるかもしれないな」


「お、お父様……」


 夢を見すぎじゃないだろうか。父にとっては母が絶世の美女だったんだろうけど、だからといって母似の私が聖騎士に見初められる確率はほぼゼロに近い。



(聖騎士って、フラトン全体で七十人ぐらいしかいないのよ。そんな超がつくエリートが、ド田舎の貧乏娘を選ぶわけがないわ)


 グレニスター家は貴族なのに、花嫁の持参金も用意できないのだ。私を娶るメリットなんて何もない。

 でもそれを言ったら出稼ぎに行けそうな空気を壊しそうだし、儚い夢を見ている父もそっとしてあげたかったので、私はにこりと微笑んだ。


「任せといて。出稼ぎのついでに、カッコいい旦那さんも探してくるわ!」


 父は拍手喝采し、クリスは楽しみにしてるよと笑った。

 夜になって寝台を整えていると、湯浴みを終えたクリスが子ども部屋に入ってくる。


「王都って、聖女とかもたくさんいるんでしょ? いわゆる聖職者って人たち」


 ベッドに横になったクリスが、どこか楽しそうな口調で呟いた。


「聖職者ってさ、魔法を使えるって聞いたことあるよ。手から火を出したりするのかな? あー、僕も見てみたいなぁ」


「火なんか出さないはずよ。学校の授業で少し聞いたけど、聖職者が使うのって神聖魔法って言うらしいわ。誰かの怪我を治すとか、特別な時にだけ使うみたいよ」


「ちぇ、つまんないの。姉様、聖職者たちのことで何か分かったら手紙で教えてよ。あの人たちって滅多に会えないから興味あるんだ。皆のヒーローだもんね」


「分かったわ、手紙を書くって約束する。魔物よけグッズもついでに送るから、領民の人たちに配っておいてね。さあ、今日はもう寝なさい」


 クリスが約束だよと呟いて目を閉じる。私も湯浴みをして、期待と少しの不安を胸に眠った。まさか半年後の王都で、自分が聖騎士に追われる羽目になるとは夢にも思わずに。

 数日後に王都へ旅立った時も、私の頭の中はお金を稼ぐことでいっぱいだったのだ。



   ◆



 それから半年がたち、今に至る。


(どうしてこんなことになったのかな……)


 石畳の道路の上を、黒塗りの立派な馬車がゴトゴトと音を立てて進む。その馬車の座席で、私は遠い目をしながら窓の外を眺めていた。向かい側の席は空いている。


 なぜかと言えば、馬車の持ち主が私の隣に座っているからだ。すぐ横から顔に穴が空きそうなほど、じいっと私を見つめる強い視線を感じる。


 こんなに大きな馬車で、わざわざ私の隣に座る理由って、なんでしょうか。


(雑念は捨てるのよ。今は商談!)


「公爵様。本日はライラの工房をご指名くださり、ありがとうございます」


 営業用の笑顔で隣の男性に話しかけると、ぱあっと周囲が明るくなったように感じた。


「ああ、やっとこっちを見てくれた。俺のことは公爵じゃなくて、アレクと呼んでほしいな」


(うっ、眩しい……!)


 公爵様の後ろに、色とりどりの大輪の花が咲き乱れている。そんな幻覚が見えてしまうような完璧な笑顔だ。でもなぜか……完璧すぎるせいなのか、『作ってる』感じがする。


(確かに見惚みとれるような笑顔なんだけどね。腹に何か隠し持ってるような感じが、じわ~っと伝わってくるのよ)


 うまい話ほど裏があり、タダほど怖いものはない。十七年間の貧乏生活で私はかなり慎重になっていた。脳裏に『この笑顔には何か裏がありそうだ』と警告が鳴り響いている。


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