ド田舎出身の芋令嬢、なぜか公爵に溺愛される

千堂みくま@9/17芋令嬢comic2巻

第一部

プロローグ 春装祭での不穏な出会い

 青空が広がる四番月キャトリエムの王都キトドに、わあっと歓声が響き渡る。


 今日は年に一度の春装祭しゅんそうさいだ。

 国を挙げての大規模なお祭りで、王都の中心に位置するサンタルク広場を使ったファッションショーが、三日間の日程で開催されている。


(はあ、緊張してきた……。私の出番ってもうすぐかな)


 私、ヴィヴィアン・グレニスターは、広場のすみに設けられた天幕の中でドレスに着替え、ちょこんと椅子に座っていた。


 着ているドレスは深紅と黒を基調にした色っぽいドレスだ。胸元からウエスト、脚へとまるでいばらが巻きつくように、深紅の薔薇のモチーフが咲き誇っている。


 それに合わせて赤みの強い髪は大人の女性らしくい上げ、普段スッピンの顔にはしっかりメイクしていた。まだ十七歳になったばかりだけど、それよりずっと大人びて見える。

 なのに鏡に映る青緑色の瞳は、自信なさそうにせわしなく動いていた。


「何をそわそわしてんだい。まさか怖気おじけづいたりしてないだろうね? 普段は無駄に元気なあんたらしくもない」


 話しかけられて振り向くと、ドレス工房の店長であるライラさんが腰に手を当てて私を見下ろしていた。

 美魔女でスタイル抜群のライラさんは、まるで女王様みたいに堂々としている。


「て、店長……そりゃそわそわしますよ。だってモデルなんて初めてですもん」


 田舎から出稼ぎのために王都に来たのが、半年前の十番月ディジエム。ライラさんの工房でお針子として働いてたけど、まさか自分がモデルになるとは想像もしてなかった。


「こんなに素敵な最新のドレスを着れて、すっごく嬉しいんです。でも着慣れてないから、本当に似合ってるのか心配で……。しかも今日って最終日でしょ? 大勢の観客の前で、すそふんでコケちゃったらどうしよう!」


「あんた元がいいんだから、もっと自信持ちなよ。メイクも完璧だし今のヴィヴィは誰が見ても美人だ。それにね、春装祭はあんたにとっちゃいい勉強の機会だろ? あんたお針子としての腕はいいのに、服のデザインがどうも芋っぽいんだよねぇ」


「うぐっ……!」


(そこは『芋っぽい』じゃなくて、『丈夫で動きやすそう』って言ってくださいよぉぉ)


 春装祭の準備に取り掛かる数ヶ月前、ライラさんはお針子たちにデザイン画を一人一点提出するように言ったのだ。


 出来がよければ金一封とのことで私もノリノリで提出したけど、ライラさんの「ダサッ! なんか野良着のらぎっぽい!」の言葉で撃沈した。


(まあ仕方ないわよね。王都みたいな大都会と牛だらけの私の故郷じゃ、きっとオシャレの種類が違うのよ。私は動きやすいシンプルな服を目指してるけど、それは王都では流行はやらないデザイン……なんだわ、多分)


 自分を納得させていると、周囲の様子をうかがっていたライラさんが振り返って言った。


「そろそろ出番だね。手当はちゃんと出すから、あんたも弟のために頑張ってきな」


「はい!」


 そうだった。私がモデルになることを了承したのは、臨時手当が出るからなのだ。


(余計なこと考えてる場合じゃないわ。待っててね、お父様、クリス。今回の手当をもらえれば、入学金は払えるはずだから!)


 父は一応男爵なんだけど、諸事情によりグレニスター家の経済事情は逼迫ひっぱくしている。弟のクリスを貴族が通う学校に行かせるには、私がお金を稼ぐしかない。


(とにかくお金よ! この仕事が終わったら、札束が私を待っている!)


 お金に対する熱い情熱を胸に、天幕を出てランウェイに繋がる階段をのぼる。春装祭に合わせて石畳の上に仮設された、モデルのための舞台だ。

 最上段のカーテンに身を隠していると、私の出番がやってきた。


「さあ、行くわよ……!」


 小声で自分に言い聞かせ、ひとつ深呼吸して歩き出す。ランウェイに登場した途端、会場中の視線が私に向けられて少しひるみそうになったけど、お金への執念で足を動かす。


 しばらく歩いていると不思議と緊張もほぐれて、周囲を見渡す余裕が出てきた。


(すごい警備ね。国中の貴族が集まってるんだから、当然だろうけど)


 春装祭には国内有数のドレス工房が参加する。王侯貴族はショーで気に入ったドレスを注文するし、一般人も観覧可能なため、遠方からわざわざ見に来る人も多いのだ。


 ランウェイから少し離れた場所に見物席が設けられ、王族と貴族はそこから優雅にショーを眺めている。彼らの周囲は王宮騎士団がガッチリと警備していて、一般人が入り込む隙間はない。


 とは言え、一般人の興味はむしろランウェイの周囲に立つ、白い騎士服の聖騎士たちに向けられているようだった。


(皆、憧れの人を見るような目で聖騎士を見てるわ。……それはそうか、神聖力を持ってる聖職者は国の英雄だもんね)


 神聖力という特別な力を持って生まれた人は、神官や聖女、聖騎士となる。


 彼らは聖職者と呼ばれ、怪我を魔法で回復させたり普通の人間では太刀打たちうちできない魔物を討伐したりする。私たちのような一般人からすると、まさにヒーローのような存在だ。


 特に聖騎士は顔のいい男性が揃っているから、彼らの近くにいる若い女性たちは、ショーそっちのけで聖騎士ばかり見ているようだった。


(あ、こっちに手を振ってる人がいるわ)


 着飾ったモデルを熱心に見ているのは貴族と若い男性たちだ。モデルは工房から依頼された平民の女性が多く、このショーで男性の心を射止めて結婚に繋がることもあるらしい。


(手を振ってくれたってことは、今の私は綺麗に見えるってことだよね?)


 故郷は田舎すぎて出会いがないし、普段は工房の奥で縫い物ばかりしているせいか、私は男性からモテたことがない。


 嬉しくなって口元を緩ませながら歩いているうちに、ランウェイの先端が見えてきた。ターンしようとした瞬間、先端付近に立っていたひとりの聖騎士と視線がバチッと合う。


「う、わ……」


 思わず声が出てしまった。それぐらい、その聖騎士のお顔が素晴らしい。


(すごい美形! 背も高いし、何を着ても似合いそうだわ。フロックコートでも燕尾服えんびふくでも……)


 さらりと揺れる髪はつややかな漆黒。瞳はラピスラズリみたいな深い青で、涼しげな目元を際立たせている。騎士というと精悍せいかんな顔立ちの人が多いけど、この人は王子様のように綺麗な顔だ。


 かといって女性っぽいわけではなく、高い鼻やキリッとした眉からは男性特有の凛々りりしさを感じる。


(こんなに顔が整った人、初めて見た。…………ん?)


 驚いてるのは私だけかと思いきや、その聖騎士もまじまじと私の顔を凝視している。何かに驚いたように目は見開かれ、唇はかすかに震えているような。


(私を見て驚いてる……わけないよね。この人と私は初対面だし)


 気にせず引き返そうとした、瞬間。


「見つけた」


 その聖騎士の呟きが、風に乗って私の耳に届いた。


「……っ!?」


 全身の毛がぶわっと逆立ち、気づいた時には逃げるようにランウェイを引き返していた。心臓がドッドッと激しく脈打って、背中には冷たい汗が流れている。


(いっ今の何!? 私を見て言ったの!? いやいやいや、気のせいでしょ! だって私、聖騎士に追われるような悪いこと何もしてないし! …………してない、はず……)


 ドレスをたくし上げて、息を切らしながら天幕の中に入った。でも忘れよう、気のせいだと思い込もうとしても、あの「見つけた」が頭から離れない。全身に嫌な汗がじわじわと滲んでいる。


(もしもの話だけど……冤罪えんざいとかで捕まったら、私はどうなるの? いつか釈放されるとしても、しばらくは働けなくなるよね?)


 働けないなら、実家に仕送りもできない。クリスは学校に行けず、グレニスター家は没落したという噂が広まってしまう。


「それだけじゃないわ。家族が捕まるってだけで、貴族にとってはとんでもない醜聞しゅうぶんでしょ。そんなの絶対に駄目……!」


 呟いた時ちょうどショーが終わった。ライラさんに「芋っぽい」と突っ込みを受けた自作の服に着替え、かばんを持って先輩たちに頭を下げる。


「お疲れさまでした! すみません、急な用事ができたのでお先に失礼します!」


「ちょっと、何を慌ててんだい。これから打ち上げに行こうって話してたのに」


(!! う、打ち上げ!?)


 それはつまり、店長のおごりでご飯が食べられるチャンスということなのでは。


 でも今は、それよりも……。


「っい、行きたい、ですけどっ……どうしても、外せない用事が」


「泣いてるじゃないか! 本当にどうしたんだい? ――ちょっと、ヴィヴィ!」


「すみません!」


 後ろがみ引かれる思いで天幕の出口を目指す。


(ああ、せっかくのライラさんの奢りが! 食べたかった! 本当は食べたかった!!)


 でも今はとにかく、没落の危機を脱しなければ。あの聖騎士には絶対に会いたくない。

 かなり焦っていたせいか、天幕を出たところで誰かとぶつかってしまう。


「あ、すみません」

「いえ、こちらこそ…………ぎえっ!?」


 なんて良いお声かしらと顔を上げたら、あのやたら顔のいい聖騎士が目の前にいた。至近距離で見上げると本当に作り物のように整った顔だ。

 数秒間ぼーっとしてから、ハッと我に返る。


(ボケっとしてる場合じゃない! 逃げるのよ、没落の危機よ!)


「い、急いでるので……!」

「ちょうどよかった。きみを探してたんだ」


 立ち去ろうとした私に、その聖騎士が言った。きらきらと輝くような笑顔で、心底嬉しそうに。

 彼の端正な顔に見とれた女性がきゃあっと声を上げながら周囲に集まってきて、動けなくなってしまう。


(に、逃げるチャンスが……)


 ごめんなさい。お父様、クリス。

 私の脳内では、家族に向けた謝罪が延々と繰り返されていた。


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