君が王女だった頃の夢を見た

Chocola

第1話

 目覚めた時、頬にはまだ涙の跡があった。けれど、何が悲しくて泣いていたのかは思い出せない。


 名前は、八十科有咲。高校二年生。友達もいて、毎日が普通に過ぎていく。だけどあの夢だけが、普通じゃなかった。


 それはまるで、記憶だった。


 ——白い藤の花が揺れている。


 風に溶けそうなほど儚いその花の下、私は誰かに「愛してる」と言っていた。けれどその声は、怒りと混乱にかき消されて、やがて城は崩れ、国は燃えた。


 「……地を、操る力……」


 私は、夢の中で大地を割り、岩を動かしていた。それがただの夢ではないと気づいたのは、帰り道のこと。


 工事中の道を通りかかった時、目の前で足場が崩れ、幼い子が下敷きになりそうになった——瞬間、私の足元が光り、大地が自動的に持ち上がって彼女を守った。


 「嘘、でしょ……?」


 地のクリスタル。あの国の王族だけが生み出せる力。


 私は、滅びた王国の末裔だ。


 その夜、再び夢を見た。私は王女だった。名前は「アリサ」。地の一族の長女。戦火を止めるために、敵国の王子に恋をした。けれどそれは政治の駒としての恋ではなく、本気の恋だった。


 結果、私は自分の国を裏切り、滅ぼした。


 夢の中の私は泣いていた。王子も泣いていた。でも、もう何も戻らなかった。


 「……あれは、過去世?」


 考えたくなかった。けれど、何かが私の中で目覚めている。あの夢は、私に何かを伝えようとしている。


 今の私は、王女じゃない。滅びた国もない。


 でも——。


 「今度は、恋に溺れない」


 誰かを守るなら、恋じゃなくて、責任で。


 私はもう一度、白い藤の花を夢に見た。


 けれど今度は、燃え落ちるのではなく、静かに咲いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が王女だった頃の夢を見た Chocola @chocolat-r

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ