キャバクラ嬢

黒井ちご

キャバクラ嬢

零時を過ぎた夜の街で、由利香はお客様にお酒を注いでいた。

「ユリちゃん、今日もカワイイね」

そういってくれるお客様に由利香は無邪気な愛想笑いで「ありがと〜、嬉し〜い」と言ってみせた。

「ユリちゃんは、ソウイウコトはしないの?」

由利香の顔が引き攣ったが、それを悟られぬよう笑顔を造った。

「どーゆーこと?」

お客様は笑顔のまま答えた。

「だから、エッチなコトだよ。しないの?」

由利香はこういう質問が大嫌いだったが、お客様の機嫌を損なわせることは自殺行為なのでなるべく明るい声で言った。

「うーん、しないなぁ。そもそもこうやって接客することだけを生業にしてるしっ♪」

遠回しにしないぞと言ってみた。しかし、お客様には効かなかったようだ。

「そっか。でも、ユリちゃんがヤッテくれるならユリちゃんに」

お客様は由利香の耳元で囁いた。

「10万くらいあげちゃおっかなぁ〜」

その言葉に由利香の心はぐらついた。10万もあれば、1ヶ月は―。

由利香は悩んだ挙句、その口車に乗ることにした。


久しぶりのことで身体が着いていけず、駅のトイレで嘔吐した。彼女は咳込みながらもスーツに着替えた。

スーツ姿で電車に乗り込み、ふらつく足を耐えさせながら最寄り駅まで揺られた。

もう月末で厳しいので、駅からタクシーを使わずに家まで歩いた。

アパートの一室の鍵を開け、家に潜り込んだ。

ベージュ色のヒールを脱いだところで違和感を感じた。

「…莉緒?」

呼びかけると奥の部屋から由利香の愛娘、莉緒が出てきた。違和感の正体は莉緒が部屋で付いていた卓上ライトだった。

「おかえりママ!今日ね、学校でね…」

由利香はそこでにっこりと笑って「そう、よかったわね。もう遅いから寝なさい」といった。

莉緒は俯いて「はい…」とか細い声を出した。

莉緒がまた奥の部屋に消えていったのを確認すると、酒臭い息を吐きながらベランダに出た。

そろそろ寒くなってきた秋夜の風に当たりながらタバコに火をつけた。吸わなきゃやってられない様な気がした。

タバコの煙を吐きながら莉緒の部屋に目を向けた。莉緒を産んだのは6年前。生物学的父親に当たるのはお店のお客様だった。

堕ろすことも考えたが、その時の由利香に手術金が払えるほどのお金がなかった。お客様も由利香の妊娠が分かってからお店に来なくなった。

産んでからは生活は切り詰めたものになった。親とは夢のために絶縁した。その夢が叶えられることはなかったが。

莉緒に寂しい思いと十分にご飯を食べさせられていないことは分かっている。でも仕方ないのだ。こうするしか、2人して生きられる方法がないのだ。

スマホを取り出して通知が来ていたニュースアプリを開いた。

「ネグレクトか 育児放棄として両親を逮捕」

目に飛び込んできた。ため息をついて短くなったタバコをすり潰して新しいタバコを出した。

由利香も世間にバレたらつかまってしまうのだろうか。世間は彼女たちの話も聞かずに絶対的悪だと決めつけて疑わない。それだけでなく、「アノ人は前から𓏸𓏸だった」という真偽の分からない話も平然とする。だからネット世界は今でもどこかが燃えているのだ。

由利香的には良い母親で居ようとした。だからいつも駅でスーツに着替えてOLと嘘をついている。話は最近出来ていないが、それでも莉緒はきっと由利香のことが好きであるだろう。

少しは自分の非も認めるべきなのだろうか―。

自分に、世間に、由利香は思った。

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キャバクラ嬢 黒井ちご @chigo210

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