暗躍
そんな彼女の思惑など知らず、真梨はクラスメイトから最新型ゲーム機の空箱を買い漁り始めた。当然、沙奈はあの少女の思考回路を熟知している。して、ゲームの空箱を買い取る理由を考えれば、その答えは一目瞭然だ。
「なるほど、空箱転売ね。真梨、さっそく資金調達をしているみたいだね」
沙奈がそう察するまで、時間はかからなかった。その上、真梨は支払いを振込で済ませる前提で話を進めており、その体裁の上で個人情報まで回収していた。一先ず、沙奈はクラスの女子たちに警告をする。
「それは見るからに、空箱転売の手法だよ」
「ワタシはアナタたちが心配なんだ。このままだと、まずいことに巻き込まれないか」
「そもそも現金払いじゃないことが怪しいね。アナタたちは、あの子に個人情報を握られている。おそらく、個人情報を悪用するつもりかも知れない」
この当時、彼女の声は同級生に響かなかった。もっとも、沙奈も結果を急いでいたわけではない。これはあくまでも、後々回収するための布石に過ぎないからだ。
真梨は
「千郷。最近、アナタは真梨から貰った飲み物を飲んでいたね。それって、どんな味や香りがしたの?」
「仮に……真梨が飲み物に微量の毒物を含ませてきたと仮定すると、昨日アナタが体調を崩したことの説明がつく」
「じゃあ聞くけど、アナタの体調不良は風邪や感染症で説明のつくような症状で済んだの? 仮に何かに感染したと仮定して、アナタ一人だけが保健室送りになったのも妙だよね?」
今にして思えば、この問いかけはあまり効果的ではなかった。他の生徒のほとんどが沙奈に操られていた中で、千郷だけは最後まで真梨を庇い続けたからだ。無論、その誤算を差し引いてもなお、沙奈による人心掌握は序盤から主導権を握りつつあった。
あれからいじめっ子の集団の会話が盗聴され、更には千郷の父親の務める会社がステルスマーケティングの疑いで炎上したこともあった。この時分、いじめの標的になっていた千郷は、真梨のことしか頼れなかった。して、その少女は裏で糸を引いていた張本人でもある。
この頃、沙奈は様々な生徒と接触し、懐に取り入っていった。
「何か悩んでいるみたいね」
「大丈夫、このことは誰にも言わないから」
「ワタシたちは、マヴだよ」
そんな甘い言葉やマヴという常套句が、彼女の味方を次々と増やしていった。そう――彼女が最後に勝利を収めたのは、周囲の人間の心をあらかじめ掌握していたからだ。
やがて学級会を迎えた時、沙奈は絶大な支持率を見せつけた。彼女の証言に確固たる裏付けはなかったが、生徒たちは疑惑だけで真梨を攻撃した。この決戦の舞台ですら、沙奈は微塵も臆することがなかったのだ。
「司法を相手にする時ならば、証拠を残さないだけのことで許される。でも、アナタが今相手にしているのは、血の通った人間だよ」
そんな彼女の言葉が、学級会の全てを物語っていた。真梨は確かに証拠を残さないことにおいて優秀だったが、沙奈からすればそんな事実は些末なものである。何しろ、証拠などなくとも、人は人を責めることができるのだ。学級会を終えた時、沙奈は思う。
「これで、ワタシの人生が完成した」
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