情報整理

 それから主犯は、今まで自分たちがどのような指示を受けてきたのかを全て話した。これで一先ず、黒幕が存在するという事実までは共有された。後はその正体が真梨まりであることを知らしめるだけである。沙奈さなは再び教室内を歩き回りつつ、直近の出来事を整理していく。

「真梨が空箱を買い取って回っていたことがあったね。あれ以来、ワタシの予測通り、皆に妙な不在着信が来るようにはなったかな? もしそうであれば、アナタたちの情報は名簿業者に売られているよ」

 第一点は、空箱転売の件だ。クラスはざわめき、そして生徒たちは動揺する。

「確かに、変な電話が増えた」

「電力会社からの電話がしつこいんだ」

「ウチは回線の切り替えの案内!」

 彼女たちの個人情報が売られた影響は、如実に現れていた。これに対し、真梨は弁明しなければならない。

「仮に私が個人情報を売ったとして、おかしな点に気づかないの? 沙奈の想定では、私が売ったのは本名と口座情報ということになる。それで業者からの『電話』が増えることはおかしいし、私は貴方たちの電話番号を知らないよ」

 それが彼女の主張だった。確かに、彼女は別段、周囲から電話番号を聞いていたわけではない。つまるところ、彼女の漏洩した情報だけでは、生徒たちの電話番号まで漏れるはずがないという主張だ。


 これに対し、沙奈はすかさず反論する。

「確かに、貴方は電話番号を聞き出さなかった。だけど悪徳業者の間には、情報網が存在する。情報の断片を紐づければ、新たな情報に辿り着くのは容易いんだ。つまりアナタが皆の電話番号を直接流さなかったとしても、アナタをシロであるとは断定できない」

「だけど、私が個人情報を漏洩した証拠がない。疑惑だけで人を攻撃するのはよくないと思うよ」

「……確かにそう。だけど、疑う自由はある。そして、手がかりを共有する自由も。やましいことがないのなら、探りを入れられることを嫌がる理由はないよね?」

 両者の間には、見えない火花が散っていた。その緊迫した空気を噛みしめ、生徒たちは生唾を呑んだ。


 続いて、沙奈は次の点について言及する。

「ところで、真梨。アナタは千郷ちさとによく飲み物を与えていたようだね。千郷の様子がおかしくなったのは、ちょうどその頃合からだった。その飲み物に、何を仕組んでいたのかな?」

「ただの飲み物だよ。沙奈がどんな手口を想定しているのか知らないけど、ただの高校生が変な薬品を入手できる経路を確保できるわけがないでしょ?」

「アナタの出す飲み物を唯一飲んでいた千郷だけが体調を崩したことの説明がつかないんだけど……」

 徐々に相手の本性を暴きつつある彼女は、不敵かつ妖艶な微笑みを浮かべていた。さりとて、ここで合理的な説明をすれば、かえって怪しまれることだろう。

「知らないよ。私にだって、わからないことはある」

 それが真梨の答えだった。周囲はまだ、彼女が黒幕であることを確信していない。そこで沙奈が畳みかける。

「真梨の持っている英和辞典、外箱の大きさがラズパイというコンピューターを隠すのにちょうどいい大きさなんだよね。普通の盗聴器ならリアルタイムで回収できない音声も、あの外箱があればアリバイを作りながら回収できる。ラズパイは遠隔操作ができるからね」

「そしてあの事件の後、千郷がいじめられて、家庭まで壊された」

「全ての目的が、千郷を狙ったものであると考えれば、整合性は取れてしまう。皆、怪しいと思わない?」

 何やら彼女は、真梨の犯行のほとんどを見透かしている様子だった。されど彼女の言葉は、決定打に欠けるものだ。

「どれも物的証拠がない。誰にも、私を裁く権利はない」

 それが真梨の受け答えだった。証拠を残していない――それこそ彼女の最大の強みであった。

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