標的
その次の日から、あの三人組は
「千郷? ああ、あのいい子ぶってる奴でしょ?」
「いつも
「アイツ真面目だから全然面白くないし、不愉快だよね」
それはいじめの主犯の影響力なのか、千郷の評判は一日もせずに落ち始めた。それからの日々、千郷の机には、罵詈雑言が書き殴られるようになった。彼女が下校しようとすれば、靴が隠されていることもあった。して、それが真梨の思惑によるものであることは、誰も察していない様子だ。
そう――
変わりゆく人間模様を前に、沙奈はこう思う。
「ふぅん。真梨、ここまでやり始めたんだ。ワタシの介入を恐れて、急ぎ始めたのかな?」
すでに真梨は、彼女が詮索していることを知っている。同時に、沙奈も自分の存在が警戒されていることを知っている。この時、両者の間には見えない火花があった。されど、まだ正面衝突の時ではない。
昼休み、沙奈は千郷に声をかけてみる。
「最近、散々な思いをしているみたいだけど、大丈夫?」
「う、うん。あーし、大丈夫だよ。ありがとう、沙奈」
「そう。つらいことがあるなら、話した方がいいよ。ワタシが全部受け止めるから」
なお、沙奈は決して、眼前の少女に好意を持っているわけではない。真梨を傷つける道中に、千郷がいる。ただそれだけのことなのだ。
千郷は語る。
「あーし、最近いじめられてるんだ。何も悪いことをしたつもりはないのに。何が正しいのかを考えて生きてきただけなのに。あーしが馬鹿なのが悪いのかな?」
案の定、彼女は精神的に追い詰められていた。それは沙奈から見ても、信用を崩す好機のように思えた。
「間違っているのは、相手の方だよ。千郷は決して、馬鹿なんかじゃない。誰がアナタを悪く言おうと、ワタシはアナタを認める」
「……だけどあんたは、きっと真梨が悪いって言うと思う。だけど、あーしの一番の居場所を、こんな時にだけは否定されたくないよ」
「ワタシはあくまでも、多くの視点を持って欲しいだけだよ。疑うことを知らない人間にとって、信頼を向ける相手というのは最大の盲点になる。もちろん、真梨が悪いとは断定しないけれど、その可能性を全否定していたら痛い目を見るよ」
彼女の言葉は、着実に千郷の心を揺さぶっていった。
その会話に影から聞き耳を立てていた者もいる。
「大丈夫だよ、真梨。貴方はこの後、千郷を庇う。千郷の目の前で、あの連中に殴られる。それだけで、千郷に負い目を感じさせることができるんだから」
何やら、真梨は自分が殴られることを前提に計画を立てていたようだ。後は、その好機――放課後を待つだけである。
あれから日は落ち始め、いよいよ放課後が訪れた。真梨は千郷と三人組の間に立ち、声を荒げる。
「千郷に触れるな。私の親友を、これ以上傷つけるな」
無論、眼前の三人組は必死だ。千郷を狙わなければ、自らの人生を破壊される――三人はそんな立場にいるのだ。
「お前には関係ない! どけよ!」
そう怒鳴った主犯は、焦りを帯びた顔つきをしていた。
「関係ある。千郷は私にとって、大切な人だよ。それを傷つける者がいるなら、私は喜んで盾になる」
そう返した真梨は、鋭い眼光で主犯を睨みつけていた。千郷に手を出すには、先ず彼女を蹴散らすしかないだろう。
「ウザいんだよ!」
叫び声をあげた主犯は、真梨の腹を勢いよく殴った。
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