マキャヴェリズム

 ダークトライアドとは、人格心理学において反社会的傾向を示すとされる三つの性質を指す。


 一つはサイコパシー――これは共感性の欠如や罪悪感の欠如、衝動的な行動傾向を意味する。

 もう一つはナルシシズム――自己陶酔的で誇大的な自己評価、不健全な自己愛を特徴とする。

 そして残る一つが――マキャヴェリズムだ。


 マキャヴェリズム的傾向を持つ者は、目的のためには手段を選ばず、他者を巧妙に操ろうとする傾向があるとされる。して、御巫真梨かんなぎまりはマキャヴェリズムの申し子である。

 何らかの目的を掲げた瞬間、彼女を止める障壁は存在しない。



 ある程度の空箱を手に入れた真梨は、レンタルのスマートフォンと格安のプリペイドSIMを入手した。これから彼女が行うことには、一切の足跡を残してはならない。一先ず、真梨は空箱を組み立て、その写真を撮影した。しかしその写真は、そのまま使うわけにはいかない。彼女の脳内では、天使が磔にされ、堕天使と悪魔が会話を交わしている。

「さっそくだが、メタデータを消さないとな」

「メタデータ? なんだそれは」

「メタデータというのは、データに関するデータだ」

 堕天使の説明に、悪魔は首を傾げるばかりだ。そこで堕天使は、より込み入った説明をする。

「例えばファイルを保存した時、そのファイルが生まれた日時などのデータがある。それがメタデータだ」

「なぜ、それを消す必要が……」

「画像のメタデータには、位置情報も含まれるからだよ」

 そう――犯行の足跡を消すには、画像のメタデータも削除しなければならないのだ。

「なるほど、徹底しているね。それでスマホもレンタル、SIMも使い捨てのプリペイド。完璧じゃないか」

「いいや、まだセキュリティが足りない」

「え……まだやるの?」

 悪魔は困惑した。二人の会議を他所に、現実世界の真梨は淡々と次の作業に取り掛かっている。彼女が用いているものは、VPNと匿名ブラウザだ。

「VPNは、プライバシーの保護された通信経路でインターネットを使うためのツールだ。特にこのVPNは海外製で、使用履歴を保存しない取り決め通称『ノーログポリシー』を徹底している」

「なんだそれは、犯罪の道具じゃないか」

「いや、本来のVPNの使い方は、もっと平和的だよ。例えば旅行客が海外でも日本のサイトを開きたい時、VPNで日本の通信経路を確立すればそれが実現する。それがVPNだね」

 あくまでも、技術に罪はない。問題は、それを真梨がどう使うかなのだ。続いて、堕天使は悪魔に対し、匿名ブラウザについて説明する。

「そして匿名ブラウザは、個人情報を隠しながらネットを閲覧できるブラウザだ。本来は、身を守るために使うものだけど……」

「今回は、足跡を残さないために使うと」

「ご名答」

 両者がそんな会話を続けている最中にも、真梨の手は止まっていない。フリーマーケットサイトを開いた彼女が新規アカウントに紐づけた口座は、海外の口座である。無論、この行動にも意味はある。

「日本の警察の権限には限界がある。つまり、海外の口座を使えば、それを調べ上げられるリスクは大幅に軽減される」

 これは徹底した手口だが、真梨からすれば常套手段だ。さっそく彼女は商品説明を書き込んでいくが、その文章は傍目に見ればあまりにも冗長である。当然、その行為にも大きな意味がある。


 堕天使は説明を続ける。

「真梨はこれから、ゲームの定価より少し高い値段で、空箱を売っていく」

「つまり、長文の中に商品が空箱だけである旨もさりげなく潜ませておくと……」

「そういうことだ。フリマは個人取引であり、民事案件だから警察も介入しにくい」

「しかし、中古品を無許可で売り続けるのは……」

「空箱の販売は、古物営業法には抵触しない」

 真梨の手口は、依然として隙を見せはしなかった。

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