かつての冒険者よ~後日譚
出海マーチ
ウロボロスの心
ブリタニアの森の奥、Yewの東に佇む小さな家。
その名は「ラットマンハウス」。
かつての冒険者が汗と血で建てた宝物だ。
だが、この話の主人公は冒険者ではない。
毛むくじゃらの体に鋭い目。
しかしどこか仲間とは異なる心を持つ一匹のラットマンが「彼」だ。
「彼」はラットマンバレーの薄暗い谷底で、毎日剣を振るうひとりの人間を見ていた。
ひとりの人間。名も知らない冒険者。
時にラットマンやオークに倒され、時にPKにも殺されて有り金を奪われる。
そして運が良ければ一日の稼ぎを握りしめて帰るその男を、「彼」はただ見ていた。
仲間たちはその男を嘲笑った。「愚かな人間め」と。
だが「彼」は違った。人間の汗、血、執念に、何かを感じていたのだ。
ある日、好奇心に駆られ冒険者の後を追った。
森を抜け、Yewの東の開けた土地にたどり着いた時、冒険者が小さな家を見上げ、目を細めて微笑んでいる姿を見た。
その瞬間、ラットマンの胸に奇妙な熱が灯った。
あの家は、ただの木と石で出来た住処ではない。
冒険者の魂そのものだと瞬時に理解してしまったのだ。
それから「彼」はバレーの仲間たちと別れ、冒険者の家の近くに潜伏するようになった。
冒険者が家に帰るたび、仲間たちと笑い合うたび、その様子を伺い静かに見守った。
たがて冒険者がブリタニアを去り、家が腐り始めた時も「彼」は諦めなかった。
爪で腐った木材を削り、苔を払い、朽ちる前に補強した。
そうやってシステムの「崩壊」を拒んだのだ。
そんなことが可能なのか?
「彼」自身にもわからない。
ただ、守らねばならなかったからそうしただけだ。
主のいなくなった家を守りたい。
いつかあの冒険者が戻ってくる、その日まで。
やがて「彼」は気付いた。
自分は他のラットマンとは違う。
システムの隙間を縫い、家の共同所有者に自らを登録することさえできた。
歳月が「彼」を「ラットマン・ウロボロス」と呼ばれる存在に変えていたのだ。
永遠の生命とGMすら超えるコマンドを操る未登録の種族だった。
だが「彼」の心は変わらない。
20数年後、冒険者がブリタニアに帰ってきた。
森の中でラットマンハウスを見つけ、驚きと喜びの入り混じった表情を見た時、「彼」──ウロボロスの心は震えた。
「主様、おかえりなさい」と初めて言葉を発した。
冒険者は驚き、戸惑い、懐かしみ、笑い、そして家の中で一夜を過ごした。
「彼」は扉の外で静かに見張りながら初めて幸せを知った。
だがシステムは無情だ。
男の帰還から一か月ほどして、ラットマンハウスが腐り始めた。
ウロボロスの力でも、システムの意志を止めることはできなかった。
万策尽きて倒壊は不可避となった。
そしてラットマンハウスに深く結びついたウロボロス自身も同じ運命をたどることになることがはっきりしていた。
ウロボロスは再訪した冒険者に告げた。
「主様、楽しかった。嬉しかった。ありがとう。これでサヨナラです」
声は震え、鋭い目は涙に濡れていた。
男は静かに微笑んだ。
「システムが俺の帰還を知って、この家を消すことにしたんだろう。だがな、馬蹄島に新しい家を建てた。モンスターのいない静かな島だ。そこに来ないか?
今度はウロボロスが言葉を失った。
そして新しい絆がその家との結びつきを求めていることに気が付いた。
新しい家。新しい生活。
そこに自分の存在を繋ぐことは難しくないようだった。
数日後、馬蹄島の新しい家のポストの下に、小さなラットマン像が現れた。
精巧な像に化けたウロボロスは、静かに家を見守る。
主様の笑顔と新しい冒険の日々を、これからも永遠に刻むために。
かつての冒険者よ~後日譚 出海マーチ @muku-ann
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