【人身事故収容システム】
奈良まさや
第1話
【人身事故収容システム】
第1章 収容
田中の40年間の人生は、いつの間にか停車駅のない各駅停車になっていた。朝の7時43分発の通勤電車に乗り、同じ席に座り、同じ駅で降りる。毎日が昨日のコピー&ペーストで、人生のバックアップデータでも作られているかのようだった。だから彼は飛び込んだ。2050年の高速鉄道、時速350キロの「さくら2000号」に向かって。
しかし、彼の計算は間違っていた。
「収容完了。対象者、意識あり。軽傷」
車両底部の衝撃吸収システムが作動し、田中は柔らかいゲル状の素材に包まれて回収された。乗客たちは「また誤作動か」とため息をつき、スマートフォンに戻る。電車は定刻通り次の駅に到着した。人身事故を起こしたはずなのに、誰も大きな動揺を見せない。2050年の日本においては、人身事故はもはや定刻運行を妨げる「トラブル」でしかなかった。
「田中啓二さんですね」。収容所の職員は事務的に言った。「人身事故企図罪により、鉄道技術習得プログラムの対象者となります」。
収容所は意外にも近代的だった。個室には最新のVRシステムが完備され、食事は栄養バランスが完璧に計算されている。ただし、他の収容者との接触は一切禁止されていた。
昼間は鉄道工学、信号システム、安全管理について学習する。講師はAIホログラムの「鉄男先生」だった。
「皆さん、本日は踏切の安全装置について学習しましょう!」鉄男先生の声は妙に明るかった。「人身事故を防ぐための最新技術です!」
田中は皮肉な笑いを浮かべた。自分が飛び込もうとした技術を、今度は守る側から学んでいるのだ。
夜の実習は点検だった。
「田中さん、今日はホーム清掃です」。監視員の佐藤が言った。佐藤も元は人身事故企図者だったが、今では優秀な監視員として働いている。
「僕も昔は飛び込もうとしたんですよ」。佐藤は掃除道具を渡しながら呟いた。「でも今では、電車の美しさがわかるようになりました。特に深夜の回送電車の静寂は最高です」。
田中は首を振った。「洗脳されてるじゃないですか」。
「洗脳?」佐藤は目を丸くした。「私たちは特別に生かされている鉄道の守護者なんです」。
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