第23話:運命の舞台へ

文化祭当日。

学校は朝から、熱気に包まれていた。

色とりどりの模擬店の旗がはためき、

廊下には、生徒たちの賑やかな声が響き渡る。

普段は静かな校舎が、

生徒たちの活気と熱気に満ちていた。

私も、自分のクラスの出し物の準備で、

朝からバタバタしていた。

人混みは相変わらず苦手やけど、

この日の高揚感は、なぜか心地よかった。


朝、家を出る時。

怜姉ちゃんが、私に言ったんや。

「お前には特等席、用意しといたるからな」

ニヤリと笑いながら言うから、

何のことか分からへんかった。

「……特等席?」

首を傾げる私に、怜姉ちゃんは何も答えへんかった。

その時はまだ、意味が分からへんかった。


午後。

体育館のステージでは、

すでにライブが始まっていた。

最初のバンドは、輝先輩の「ルナティック・ノイズ」。

会場は、開演前から、

ルナティック・ノイズのファンで埋め尽くされていた。

女子生徒たちの黄色い歓声が、

体育館中に響き渡る。


私は、客席にはいなかった。

怜姉ちゃんに「こっちで見とき」と言われて、

舞台袖に連れてこられたんや。

「なんでこんな所で…」

そう思いながら、舞台裏の暗闇に隠れて立っていた。

すると、怜姉ちゃんの言葉を思い出した。

……怜姉ちゃんが言ってた特等席って、これやったんや。

こんな近くで、輝先輩のライブが見られるなんて。

胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。


ステージに現れた輝先輩は、

いつもにも増して、眩しかった。

照明が彼の姿を照らし、

スポットライトの中で、まるで光り輝く王子様みたいや。

彼の姿を見ただけで、

心臓がぎゅっと締め付けられる。

「がんばって……!」

心の中で、そっと呟いた。


ルナティック・ノイズのライブは、

まさに圧巻やった。

一曲目から、会場は熱狂の渦。

輝先輩の歌声は、

力強く、そして情熱的で、

観客の心を鷲掴みにする。

彼らが『Re:bellion』を演奏し始めると、

会場の熱気は最高潮に達した。

『錆びついた鎖 引きずりながら

見えない壁に 囚われてた』

輝先輩のシャウトが、体育館を揺らす。

観客は一斉に拳を突き上げ、

歌詞に合わせて、シンガロングする。

その熱気に、私も思わず体を揺らした。

こんな近くで、輝先輩を見られるなんて……。

怖い。でも、うれしい。

胸が痛くなるくらいときめいている。

彼の汗が、キラキラと光って見える。

その一つ一つの仕草に、

私の心は囚われていく。


輝先輩は、ステージの上で、

自由に、そして力強く、輝いていた。

彼の視線が、時々、客席の奥の方へ向けられる。

まさか、私なんかを探しているはずない。

そう分かっていても、

一瞬だけ、胸が高鳴る。

こんなにも多くの人を魅了する彼の歌声。

私だけの告白ソングが、

いつか、彼の心に届くんやろか。

そんな淡い期待と、

ほんの少しの不安が、胸の中で混じり合った。


ルナティック・ノイズのライブが終わると、

会場は、興奮冷めやらぬまま、

大きな拍手と歓声に包まれた。

輝先輩が、ステージ中央で、

深々と頭を下げる。

その姿は、本当に、

どこまでも、私にとっての憧れやった。

彼がステージから去るのを見届け、

舞台袖の奥へと身を隠した。


続いて、姉のブレイズがステージに上がり、

そのパワフルな演奏で会場を最高潮に盛り上げる。

彼らの登場に、また一段と歓声が上がる。

怜姉ちゃんは、いつものようにクールな表情で、

ドラムセットに座る。

けれど、そのドラムは、

誰よりも激しく、情熱的やった。

ブレイズの代表曲、『Burning Soul』が始まると、

会場の熱気は、さらに上昇した。

『朽ち果てるまで、この火を燃やせ』

ボーカルの叫びが、体育館に響き渡る。

観客は、一斉に体を揺らし、

ヘッドバンギングをする者もいる。

私も、その熱気に引き込まれるように、

リズムに合わせて、小さく体を揺らしていた。


ブレイズの演奏が終わりかける。

会場の興奮が、最高潮に達したその時、

怜姉ちゃんが、突然、ドラムスティックを止め、

マイクを握りしめた。

体育館中が、一瞬、シンと静まり返る。

「今日は、特別ゲストがいるのよ」

怜姉ちゃんの声が、マイクを通して響き渡る。

その言葉に、私は、

心臓が止まるかと思った。

特別ゲスト?

まさか。

私には関係ない。

そう、自分に言い聞かせる。


「そこの袖にいる子よ!」

怜姉ちゃんが、そう叫び、

私が隠れていた舞台袖を指差した。

その指が、私の方を、

まっすぐに、指しているように見えた。

「えっ……?」

思わず、声が出そうになる。

頭の中が真っ白になる。

まさか、そんなはずはない。

私は、慌てて周りを見渡す。

でも、誰もいない。

みんな、ステージの袖に注目している。

その視線が、すべて私に突き刺さっているようやった。


観客がざわつく中、

和歌は突然の事態に呆然とし、

舞台中央に立ち尽くし固まる。

怜姉ちゃんは、私の返事を待つことなく、

ステージから降りてきて、

私の腕を掴んだ。

「ほら、行くで。あんたの番や」

そう言って、私を強引に引っ張り出す。

「や、やめて、怜姉ちゃん! 無理!」

必死で抵抗するけど、

怜姉ちゃんの力は、尋常じゃなかった。

まるで、嵐に巻き込まれた小枝みたいに、

私はステージへと引きずられていく。


体育館中の視線が、私に集中する。

ざわめきが、体育館中に広がる。

「え? 誰、あの子?」

「なんで、あの子がステージに?」

「ブレイズのメンバーじゃないよね?」

そんな声が、耳に届く。

足が、ガクガク震える。

頭の中は、完全にパニック状態やった。

視界が、ぐにゃりと歪む。

目の前が真っ暗になる寸前。

「……輝先輩」

心の中で、その名を呼んだ。

その時、輝先輩が、

客席の最前列で、

俺の姿を見ているのが見えた。

その瞳は、驚きと、

そして、何かを確信したような、

そんな光を宿していた。

彼の視線が、私を貫く。

「うそ……」

そう呟く声は、誰にも聞こえなかった。


怜姉ちゃんが、ステージに私を押し出すようにして、

ポン、と肩を軽く叩いた。

その手は、いつも通り無愛想やけど、

なぜか、私の背中を優しく押してくれているようやった。


私の心臓は、

今にも爆発しそうだった。

運命の舞台。

ここから、私の物語が、

大きく動き出すんや。

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