第22話:輝の独白
文化祭を間近に控え、
学校中は、高揚感に包まれていた。
俺、月島輝も、クラスの出し物の準備で
忙しく走り回る毎日だ。
バンドの練習も、大詰め。
ルナティック・ノイズの『Re:bellion』が、
体育館に響き渡る。
「響かせろ 魂の叫び」
その歌詞が、俺自身の心を奮い立たせる。
そんな喧騒の中でも、
俺の頭の中には、
いつも一人の少女の歌声が響いていた。
「わかP」。
そして、その正体である、神楽坂和歌。
あいつが「わかP」だと知ってから、
俺の日常は、すっかりあいつの色に染まっていた。
文化祭を間近に控え、輝はいつものように「わかP」の動画にアクセスし、コメント欄を開く。
夜、自室に戻ると、
疲れているはずなのに、
俺は無意識にスマホを取り出す。
YouTubeの「わかP」チャンネル。
まるで、日課のように、アクセスしていた。
新しい動画が上がっていないか確認し、
過去の動画のコメント欄を読み返す。
俺自身のコメントも、その中にある。
「わかPさんの歌には、
いつも心を動かされます。
透明な歌声の中に、確かな感情を感じます。」
「この歌詞には、
深い孤独と、
それを乗り越えようとする光が見えます。」
そして、「…この声が、届くなら、どこまででも…」
あの美術室で聞いた、和歌の口ずさんだフレーズ。
彼女がそれに気づくはずはないと分かっていても、
その言葉をコメントに引用した時、
ほんの少しだけ、胸がざわついた。
俺だけが知る秘密。
この秘密が、心臓をくすぐる。
輝は「わかP」の歌声と歌詞への感謝と応援の気持ちを込めてコメントを書き込む。
新しいコメントを書き込む。
いつもより少しだけ、丁寧に。
「わかPさんの音楽は、
俺にとって、かけがえのないものです。
いつも、あなたの歌に励まされています。
本当にありがとうございます。」
指が、送信ボタンを押す直前で、
一瞬だけ止まる。
こんな気持ちを、
誰にも知られずに、
この場所に書き残すこと。
それは、俺にとって、
秘めたる告白のようなものだった。
打ち込んだ後、画面を閉じて、
心臓を、ぎゅっと押さえた。
このドキドキは、もう誰にも止められない。
和歌への秘めたる想いと、
その才能を称賛する決意を吐露する。
(輝の独白)
いつかこの声の主に、ちゃんと気持ちを届けたい。
この歌声が、僕の心をどれだけ揺らしたか、伝えたい。
俺は、あいつの歌を、
誰よりも近くで、聴きたい。
そして、あいつの才能を、
誰よりも早く、見つけたんだと、
胸を張って言いたい。
あんなに臆病で、
いつも俯いているあいつが、
こんなにも力強くて、
人の心を動かす歌を作れるなんて。
そのギャップが、俺を惹きつけてやまない。
初めて「わかP」の歌を聴いた時、
俺の心に、新しい光が差し込んだ。
それは、和歌が『心の居場所』で歌っていた、
「光の粒が 降り注ぐように」
そんな感覚だった。
彼女の歌は、俺の心を、
深く、優しく包み込んでくれる。
いつか、ブレイズの連中にも、
この「わかP」の曲を聴かせてやりたい。
あいつらも、きっと衝撃を受けるだろう。
それくらい、この歌には力がある。
文化祭当日。
俺たちのバンド「ルナティック・ノイズ」の
ライブは、大成功に終わった。
会場は熱狂の渦。
『Re:bellion』を歌い終えた俺は、
ステージの上で、熱い歓声に包まれていた。
汗が、顎を伝って滴り落ちる。
最高の気分だった。
だけど、俺の心の片隅には、
いつも和歌のことがあった。
「あいつ、来てくれてるんかな……」
そんなことを考えながら、
ステージから客席を見渡した。
しかし、大勢の観客の中に、
彼女の姿を見つけることはできなかった。
そりゃそうか。まさか、舞台袖で俺のステージを見てるなんて、考えもしなかった。
少しだけ、寂しさが胸を掠める。
輝の胸には、和歌への切なる願いと、告白への静かな期待感が募る。
文化祭の喧騒の中、
俺の心は、和歌への想いで満たされていた。
彼女の歌声が、
俺の心臓の奥で、優しく響く。
「この声が あなたに届くように」
彼女の歌のフレーズが、
俺自身の願いと重なっていく。
この告白めいた歌が、
いつか彼女から
直接俺に届けられる日が来るのだろうか。
その時、俺は、どんな顔をするのだろう。
そして、彼女は、どんな顔をするのだろう。
そんな未来を想像するだけで、
胸が高鳴る。
それは、ライブの興奮とはまた違う、
甘くて、切ない期待感だった。
和歌は、まだ知らない。
俺が、彼女の「秘密」を知っていることを。
そして、俺が、
彼女の歌声に、
どれだけ心を奪われているかを。
この想いが、いつか、
彼女に、ちゃんと届きますように。
もし明日、あいつの歌が、俺だけに向けられたものだったら――
俺は、静かに、そう願った。
文化祭の熱気の中で、
俺の恋心は、
確実に、その形を成し始めていた。
何かが、起きそうな気がした。
明日が、怖いようで、待ち遠しかった。
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