第11話:スタジオの共鳴

「わかP」としての活動も、

ブレイズの作詞も、順調に進んでいた。

学校での私は相変わらずやけど、

音楽の世界では、確実に居場所を見つけていた。

私の中に、自信が芽生え始めていた。

それは、まるで小さな花が、

ひっそりと咲き始めたような、そんな感覚だった。


ある日の午後、怜姉ちゃんから連絡があった。

「あんた、今からリズム堂来い」

簡潔なメッセージに、少しだけ緊張する。

新しい曲のデータ受け渡しかな。

それとも、歌詞の修正点でも見つかったんやろか。


学校が終わって、まっすぐリズム堂へ向かった。

古びたビルの地下にあるスタジオは、

いつも独特の熱気に満ちている。

ドアを開けると、アンプの匂いと、

微かに残る汗の匂いが混じり合った空気が、

私を包み込んだ。


「お、来た来た!」

スタジオに入ると、ブレイズのメンバーが、

セッションの準備をしていた。

ギターの瀬戸さんが、いつもの笑顔で迎えてくれる。

ベースの篠田さんは、新しいフレーズを試しているのか、

指を忙しく動かしていた。

ボーカルの人は、歌詞の確認をしているようだった。


「お疲れさん、和歌」

怜姉ちゃんが、ドラムスティックを軽く叩きながら言った。

「ちょうどリハの途中やったんや。

あんたもせっかく来たんやし、軽くやろうや」

「え、私? 何するん?」

戸惑う私に、怜姉ちゃんは平然と答えた。

「歌え。あんたが作った歌詞やろ」


「歌うって、バンドと一緒に!?」

心臓が跳ね上がった。

いつもはボカロと二人で歌ってる。

でも、生演奏のバンドと一緒に歌うなんて、

考えたこともなかった。

人前で歌う恐怖が、再び私を襲う。

声が震えそうになるのを、必死で抑えた。


「何をビビっとるんや。練習やから。

誰も見てへん」

怜姉ちゃんの言葉に、ハッとした。

そうや、ここは練習スタジオ。

誰も、私のことなんて見てへん。

大丈夫。


「よし、じゃあ、この曲でいくか!」

ボーカルの人が、新しい譜面を私に手渡した。

それは、私が作詞した『Echoes in the Dark』やった。

歌詞はもう頭に入っている。

私は譜面を握りしめ、マイクの前に立った。


怜姉ちゃんのカウントが始まる。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

怜姉ちゃんの力強いドラムが、

私の胸に直接響いてくる。

瀬戸さんのギター、篠田さんのベース。

彼らの音が、私を包み込む。

今までパソコンの画面越しに聴いていた音が、

目の前で、生きて、熱を持って、

私にぶつかってくるようやった。


『深い森の奥 響く足音

迷い込んだ影 出口を探す』


震える声で、歌い始める。

最初は緊張で声がうまく出ぇへんかったけど、

バンドの音に背中を押されるように、

少しずつ声が出るようになった。

彼らの演奏は、私の歌声を、

優しく、そして力強く、支えてくれた。


ボーカルの人が、私の横に立って、

一緒に歌い始めた。

彼のパワフルな歌声が、

私の声を導いてくれる。

『光求めて もがく魂よ

響け、遠くへ』

デュエット。

でも、ボカロとのそれとは、

全く違う感覚やった。

生身の人間と、音が、感情が、

ダイレクトにぶつかり合う。

体全体で音楽を感じる。

これが、セッションなんや。


一曲歌い終えると、

全身から汗が噴き出していた。

息が上がる。

でも、体の中から、

今まで感じたことのないような、

熱いものがこみ上げてくる。

これは、達成感や。


「おー! わかP、やるじゃん!」

瀬戸さんが、ニッと笑って親指を立てる。

「最初は緊張してたけど、

途中から、歌に気持ちが乗ってたよな!」

篠田さんも、笑顔で頷く。

「歌い方も、なんか『Echoes in the Dark』の世界観に

ぴったりだったっす!」


怜姉ちゃんは、何も言わなかったけど、

軽くスティックを回して、

私の方をちらっと見た。

その目に、わずかな満足の色が浮かんでいた気がした。

それが、私には何よりの褒め言葉やった。


その日を境に、私はブレイズの練習に

顔を出すことが増えた。

データを受け渡しに行ったり、

歌詞の相談に乗ったり。

時には、怜姉ちゃんに誘われて、

バンドのセッションに、

歌で参加することもあった。

「今日は『心の居場所』を歌ってみい」

怜姉ちゃんに言われて、

初めてブレイズと一緒に、

まだ発表していない私の曲を歌った。


『ここは私の 心の居場所

音の波間に 漂いながら』


彼らの生演奏に乗せて歌う「心の居場所」は、

ボカロとデュエットする時とは、

また違う輝きを放った。

バンドの音が、私の歌声に、

力強さと深みを与えてくれる。

それは、私にとって、

新しい「心の居場所」を見つけたような、

そんな感覚やった。


ブレイズとのセッションは、

私にとって、かけがえのない時間になっていた。

匿名でのボカロ制作だけでなく、

リアルな音楽現場とも繋がっていく。

彼らと音を合わせるたびに、

私の歌が、もっと強くなっていくのを感じた。

そして、私自身も。


音楽が、私を外の世界へと導いてくれる。

孤独だったはずの私の世界が、

少しずつ、大きく広がっていく。

そして、この繋がりが、

これから先の、私の音楽人生に、

どんな影響を与えるんやろう。

そんな期待と予感が、

胸の奥で、静かに、そして力強く、

響いていた。

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