火の部屋

「扉は六個。さて、どれから確認しましょう……」

 私がそう呟くと、セイカは待っていたとばかりに、火の文様が刻まれた扉を指差し口を開く。


「まずは、あの扉から開けてみるっす! なんか、あったかそうだし!」

 恐らく本当に「あったかそうだから」というだけの理由なのだろう。

 そして、セイカはもう、火の文様の扉へと足早に向かっている。


「セイカさん! 待ってください! まだ、開けないでくださいねっ!」

 声をかけるが、セイカは「わかってるっす!」といつもの調子だ。


 ツキミは、そんな私達のやり取りには関心を示さず、扉の前に立ち、メモを見ながら何か考えているようだ。


 しかし、今更ながらに疑問が浮かぶ。


(ツキミには分かるのだろうか?)

 確かに、私にも魔力がこの空間に漂っていること自体は感じられるし、濃密だと言われれば納得もできる。

 けれど、ツキミの言う「質の異なる魔力の混ざり」というのは、正直、把握しきれない。

 だから、どんな質の魔力が混ざっているか、そう問われても私は答えられない。


(属性の種類は六個と限られるし、状況的に「水」とか「火」とか言えば、当たるとは思うけれど……)


 セイカも、その勘の良さで、普通ではないと感じてはいるようだけれど、魔力の混ざりを正確に把握しているかというと、やはり少し怪しい気がする。

 そんな風に二人を観察していた、まさにその時。


 それまで各扉を吟味していたツキミが、ふと、セイカの隣――火の文様をした扉の前で足を止め、小さく頷いたかと思うと、現段階での見解を述べ始める。


「この扉からは、熱エネルギーが分かりやすく出ている――触ってみろ」

 そう言うと、ツキミは手の平を扉にあて再び口を開く。


「エネルギーを感じる扉は他にもあるが……」

 そこで一度言葉を切り、黄金色の瞳でセイカを見つめると、そのまま――


「内部構造や、中に何が居るのかは、どの扉も不明だ。なら、そこは判断材料にならない。つまり、熱が感じられるこの扉から調査を進めるのが合理的だ」

 そう言って、再び視線を扉に戻す。


(この扉からが合理的?)

 言っていることは何となく理解できるのだが……。

 それでも、やはりツキミがどうしてそこまで断言できるのか、その根拠がまるで分からない。


「な、なるほど……」

 結局、私は曖昧な相槌を打つことしかできない。


 途中、何故かセイカを見つめていたのが気にかかったが、とりあえずセイカの言い出したことに、ツキミも賛同という事で良いのだろう……。

 セイカのこと、とやかく言えないな……と、少し反省する。


 そして、セイカはというと――


「さすがツキミっす! やっぱり、わかってるっす!」

 ツキミの言葉で自分の意見が通ったと、すっかり上機嫌だ。


 そんな二人を見ていると、なんだか自分だけが難しく考え過ぎているのかもしれない、と思えてしまう。


(ツキミの「何が居るのかは、わからない」という部分は気にはなるけれど……)


 どのみち、いつかは開けることになるのだ。

 それなら、と覚悟を決め、口を開く。


「わかりました、では、この扉から開けてみましょう」

 私も扉に歩み寄り手を当てると、ツキミが言っていた通り、じんわりとした熱が伝わってくる。


(熱エネルギー……か)

 今は、この二人の直感と分析を信じよう。


(少しだけ疲れてきた……というのもあるけれど……)


 私がセイカに呼びかけると、彼女はすぐに頷き、二人で扉に手をかける。

 セイカと共に力を込めてゆっくりと扉を押すと、「ギギギ」という重い音と共に、隙間から熱風が吹き出す。


「うわっ! 熱っ!」

 思わず顔をしかめるほどの熱気に、私は声を上げる。

 セイカは熱風をものともせず、むしろ面白がるように、扉へぐっと力を込めていく。


(もう少しで開ききる!)

 先ほどの熱風には驚いたが、耐えられない程ではないし、今は勢いも少し収まっている。

 セイカの勢いに乗って一気に開けるため、私も再び手に力を込め、扉を押す。


 ギ、と鈍い音を最後に、重々しかった扉が完全に開く。


 押し開けた勢いのまま、私とセイカは部屋の中へと一、二歩踏み込んでいた。

 私は「はぁ」と詰まっていた息をゆっくり吐き出し、額に滲んだ汗を手の甲で拭う。


「熱気が凄いですね。部屋の中にも、まだ残っているみたいです」

 扉が全開になったことで、最初に吹き付けた暴力的な風圧は完全に消え、今は熱を帯びた空気が部屋全体をゆっくりと巡っているのが、肌で感じられる。


「お宝――なさそうっす……」

 セイカが部屋をさっと見回し呟く。

 やはり熱気よりもお宝が気になるようだが、めぼしいものは見当たらない。


「何も無さそうですね……」

 私も改めて部屋の中を見回していると、天井や壁に目を向けながら、ツキミも静かに入ってくる。


 部屋の中では、まるで溶鉱炉のそばに立っているかのように、空気がゆらゆらと揺らめく。

 けれど、肌を焦がすような熱気は感じない。確かに暑さはあるが、それほどの灼熱ではないのだ。

 目に見えるこの揺らめきは、この部屋の魔力のせいだろう。


 それとも、これがツキミの言っていた「熱エネルギー」なのだろうか。魔力と熱エネルギーが同じものなのかは、私にはまだ分からない。


 ツキミは壁にそっと手を添えながら、部屋の壁沿いを歩き、何かを確かめているようだ。


 私も壁にそっと手を当ててみる。


(暖かい……けど)

 この熱の源が、部屋の空気なのか、それとも壁の内側なのか、私には判別できない。


 部屋の真ん中では、この揺らめく魔力に呼応するように、セイカの赤い髪が燃え立つような輝きを放っている。

 その姿は、まるで童話に登場する、自分だけの遊び場を見つけた無邪気な――火の妖精そのものだ。


 無邪気な妖精は、気持ちよさそうにぐーっと一つ伸びをすると――


「きゃはは! ここはアタシのためにあるみたいな部屋っすね! 暑いどころか、むしろ力がみなぎってくるっす!」

 暑さに顔をしかめる私と、涼しい顔で佇むツキミを見比べ楽しそうに笑う。


「ここは、火属性。火の部屋……といったところか」

 気分が良さそうなセイカに目をやりながら、ツキミがつぶやく。


「そうですね、扉の文様といい、この熱気。火属性の魔力に関わる何かをしていた部屋なのかもしれません」

 セイカは火属性の魔力と相性が良いのだろう。


 ただ、壁の造りは通路と変わらず、熱気以外では、特に目立った特徴はないようだ。

 光源を兼ねた紋様がいくつか刻まれているものの、この部屋の目的を示すようなものは、ほかには見当たらない。


(何も居なくて良かった……とは、正直思うけれど)


 でも、ツキミだけが気づいている「何か」があるかもしれない。そんな思いもあって、私は口を開く。


「それにしても……ここは暑いですね。何か特別な熱源があるのでしょうか」

 言いながら、再び滲んできた額の汗を、鞄から取り出したハンカチでそっと押さえる。

 セイカも、興味深そうにツキミの言葉を待っているようだ。


 ツキミは一度だけ私と視線を交わすと、すぐに目をそらし、部屋の外――通路のほうへ視線を向け、淡々と答え始める。


「そうだな――他の部屋も見てみないと断定はできないが、前提としてダンジョンコアの影響はあるだろう」

 ダンジョンコアの影響、それは私も思うところがある。


 けれど、やはり熱源の特定までは難しいか、と考えているところで、不意にツキミがこちらを振り向き、言葉を続ける。


「だが、この熱エネルギー自体は、この石材自身が出している魔力。いや……漏れている魔力から出ているものかもしれない」


(漏れている?)

 だが――


「あの……今更ですが、熱エネルギーと魔力は違うんですか?」

 まず、これを確認しておくべきだと思う。


「あぁ、そこか。魔力と基本は同じだが、魔力は燃料で、エネルギーは結果みたいなものだ」

 ツキミは壁の紋様を指でなぞりながら、そう答える。


(結果……?)

 結果というのは、この熱のことだろうか。


「魔法を行使する前の魔力と、行使した後の魔力と言った方がわかりやすいか。火の魔力そのものは熱くない。だが魔法で、魔力から具現化された炎は熱いだろう?」

 私が考え込んだことを察したのか、ツキミは補足してくれたようだ。


「なるほど。壁が……火? 熱魔法? を使っているという感じでしょうか?」

 何とか頭からひねり出した解をぶつけてみる。


「ほぅ。まぁ、例外はあるが、そんなところだ」

 ツキミは感心したように笑みを漏らす。

 セイカは部屋の真ん中で、私たちのやりとりを見守っているようだ。


「でも、ここの壁は通路の素材と同じように見えますが、何か違うのでしょうか?」

 確かに熱は帯びていたが、見た目では通路の壁と、この部屋の壁との違いは、私には分からない。

 もちろん、これだけ空気が熱を帯びているのだから、何か決定的な違いがあるのだろうけれど。


「あぁ、素材そのものは恐らく同じだが、帯びている魔力、その流れが違うのだろうな。扉を閉じ、中で観察すれば何か分かるかもしれないが……試してみるか?」


(試す……? ――あっ!?)

 ツキミの問いに、私はぶんぶんと首を横に振る。


「いっ、今は大丈夫ですっ!」

 この部屋に閉じ込められるなんて、とんでもない。

 セイカは平気かもしれないが、中から開く保証もまだ無いのだ。


「そうか……」

 ツキミは無表情ながら、少し残念そうな口調でつぶやく。


「そういった調査は改めて行いましょう」

 私は慌てて付け加える。


 ツキミは静かに頷くと、くるりと踵を返して通路へ戻っていく。

 その背中は、「これ以上、ここに用はない」と語っているようだ。


 先ほどの元気はどこへ行ったのか、セイカも「お宝なかったっすね……」と、少し残念そうにつぶやきながら、ツキミに続く。

 私も、この暑さから一刻も早く逃れたくて、ふたりに遅れず部屋を後にする。


 結局、この「火の部屋」では、特にめぼしいものは見つからなかった。


 それにしても、部屋の中が暑かったことは、少し意外だったと思う。

 かつては熱を利用した施設だったのかもしれないが、組織でも何かに利用しようとは、考えなかったのだろうか。


 しかし、今はただ熱気と魔力がこもるだけの、空っぽの空間――それが、今の私たちが出した結論だ。

 とはいえ、その結論に誰よりも、がっかりしているのはセイカだろう。

 

 私自身の目的は、もちろん宝探しではない。

 けれど、先ほど「お宝が眠っているはずです」なんて期待させてしまった手前、セイカの姿を見ると、やはり少しだけ残念に思う。


「何か」あれば良かったのに、と。


(もちろん……生き物ではない「何か」が)


「ふぅはぁーっ……」

 通路に戻ると、私は熱気から解放されたことに安堵し、大きく息を吐きながら身体を伸ばす。


 だが、火照った身体はまだ熱を残しており、拭ったはずの額にも、またじわりと汗が滲んでくる。

 私は、その汗をもう一度ハンカチで拭い、鞄にしまう。


(もう出番が無いと良いのだけれど……)


 何となく振り返ってみたが、扉の開いた部屋に変化はない。


(まぁ、突然何か変化が起きても困るけれど)

 ひとまず、一部屋目の調査は無事に終わった。


 だが、まだ先に進む方法は見つかっていない。引き続き他の部屋も調査が必要だ。


「次行ってみるっす!」

 お宝を期待してか、すっかり元気を取り戻したセイカの声。

 この声はどこか私を安心させる。


 それを合図に、私たちは向かいの部屋へと進む。

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