第4話 俺は猿を仲間にした

 神籬ひもろぎの大森林をフェンリルと進んでいる時、フェンリルが俺に話しかけてきた。


「おい貴様、貴様の名前はなんて言うのだ? これから旅を共にする者として、名前を知っておく必要があろう」


 それは確かにそうだ。向こうが名乗っているのに、俺だけ名乗っていないのは、桃太郎の名に恥じる。


「あぁごめん! 俺の名前は桃田郎! よろしく!」

「ふん、奇妙な名だな。ではこれからはローと呼べば良いか?」

「あぁ! よろしくな! フェンリル!」

「ん……まぁ、フェンリルというのは名ではないが、貴様がそう思うのならそれでも良い……」


 なんだか俺とフェンリルは、より一層絆が深まった気がした。

 これから鬼退治をするんだ。仲間の絆は大切だろう。


「ところでローよ。確か鬼退治……つまりは、オーガ族を倒すと言っておったな」

「あぁ! 爺さんと婆さん、そしてアラガンス王国の優しい国民のため、戦わないといけないんだ!」

「……だが、オーガ族ごとき、我だけでこと足りるぞ。それなのになぜ未だに神籬の大森林の中を歩き続けておるのだ?」


 そうか、フェンリルは桃太郎の原作を知らないのか。


「原作では、犬の他に猿と雉も仲間にしてるんだ」

「だから我は犬ではない……」

「確かにフェンリルは強いかもしれないけど、鬼ヶ島で実際に戦闘が始まったら何があるか分からないし、備えあれば憂いなし。仲間は多いに越したことはないだろう?」

「うむ。まぁオーガ族ごとき、我だけでこと足りるのは確かだが、ローがそう言うのなら、我は口を挟まん」


 フェンリルは俺に理解を示してくれた。

 意外と物分りが良い奴みたいだ。


「ぐっふっふ……それにしても猿か。ここは神籬の大森林。それならあやつも現れるであろう。がっはっはっは!」


 その時、突然フェンリルは大声で笑い始めた。

 俺はその理由がよく分からなかったが、放っておくことにした。


───────────────────────


 吾輩の名は孫悟空そんごくう

 吾輩は数千年前、この神籬の大森林に存在しておった風霊山ふうれいざんにて生を受けた。

 その風霊山も、今では塵となりて消えてしまったが、吾輩は今でも、そこに佇み、この地を見張っておる。

 だが、そんな時だった。


「ん? なんだ今のは……?」


 吾輩が洞窟の中で一人、精神統一をしていた時、少し離れの方から、フェンリルの怒りの雷が落ちる音が聞こえてきた。

 奴は破壊獣。怒ればその力は、吾輩とて止めることは出来ぬものとなるが、奴は基本的には温厚で、滅多に暴れることがない。


「これは……何かこの地に邪なる者が迷い込んだか……」


 吾輩は如意棒にょいぼうも手に、筋斗雲きんとうんに乗って、フェンリルの雷の方へと向かっていった。


 そうしてしばらく森を進んでいた時のこと、吾輩はフェンリルを見つけた。


「なっ……人間……!?」


 見れば、なんとこの神籬の大森林に、人間が迷い込んでいるではないか。

 しかも、奴の後ろをフェンリルが歩いておる。

 あのフェンリルが、人間に仕えただと!?

 吾輩はこの目が信じられなかった。


「くくくっ。面白い……」


 吾輩はつい口元が綻んでしまった。

 あのフェンリルを従える人間……一体何者なのか気になったからだ。


 吾輩は人間とフェンリルから少し離れたところで地に足をつける。


「変化“人間”」


 吾輩がそう唱えると同時、姿を人間の女のものに変化させた。


 吾輩はこの地では、『“七十二変化”孫悟空』と呼ばれておる。

 人間に化けることくらい、容易いのだ。

 人間の男というのは、美人な女にめっぽう弱い。

 神籬の大森林に足を踏み入れ、フェンリルを従えし人間よ……そなたの正体を暴いてくれるわ!


「あ〜っはっはっはっ!」


 吾輩はその足で、奴らの元へと向かった。




「ねえフェンリル、猿と言えばバナナだと思うんだけど、なんできびだんごで仲間になるんだろうね?」

「バナナ? なんだその食い物は、美味いのか?」


 吾輩は会話をしている2人を見つけた。

 何か話しているようだが、まぁそんなことはどうでも良い。

 とにかく、普通に現れてもつまらなかろう。少し細工をしてやるとするか。


「ん……? な、なんだ!?」

「ぐっふっふ。来たか……」


 奴らの周りに、薄紫色の煙が舞い上がる。

 そして、慌てふためく人間の前から、煙に被る薄暗い人影が現れる。


「おやおや旅人さん。破壊獣フェンリルを従えて、一体どこに行かれますの?」

「……あ、あぁ」


 くくくっ。言葉も出せなくなっておるではないか。

 この程度のことに驚いて声を詰まらせていては、大した人間ではなさそうだ。

 だが、吾輩がそう油断をしていた時だった。


「猿っ!!!」

「「なっ……!!!」」


 奴がこう叫びおった。

 吾輩はその言葉に動揺する。

 

 吾輩の変化は完璧だったはず……。

 猿かと問われれば頷き難いところではあるが、石より生まれし霊猿であるから、猿と言われても間違いではない。

 なぜこんなにもピタリと当てられたのだ!?


「ななな……何をおっしゃいますか旅の人。私は普通の人間でございますよ……」


 神とも崇められ得るこの吾輩が、人間ごときに動揺し、言葉が詰まっておるだと……?

 吾輩は自分が信じられなかった。

 

「う〜ん……人間……まぁでも、猿みたいなもんだよな! あんまり時間取ってると鬼が来ちゃうから、もう猿は君でいいよ!」

「がはっ!」

「ぐっふっふっふ! が〜っはっはっはっは!!!」


 その時、フェンリルが豪快な笑いを見せた。


「孫悟空よ、こやつには貴様の変化などお見通しのようだぞ。もう変化を解いてはどうか?」


 フェンリルの言う通りだ。

 どこまで言っても、もうこの人間は吾輩の正体を見透かしておるのだろう。

 

 吾輩は元の姿に戻り、人間の前に姿を現した。


───────────────────────


 すると、さっきまでいた綺麗な女性が俺の前から姿を消したかと思えば、空から服を着た強そうな猿が降ってきた。


「おぉ! 猿だ! やっぱり猿が来た!」

「先ほどから見透かしておったであろう。そう何度も猿猿言うでない」


 人間の女性を猿の枠に入れても良かったが、ここまで猿っぽい猿が来てくれれば、猿枠はこの猿で良いな!

 

 俺は早速布袋からきびだんごを取り出し、猿の前に差し出した。


「はい! きびだんご! これをあげるから、鬼退治を手伝ってくれないか?」


 だが、猿は俺の手を押し、首を横に振った。


「吾輩は今断食中なのだ。それが何かは知らぬが、袋にしまっておきなさい」


 いや、それは困る。きびだんごを渡さないと、仲間になってくれないだろう。


「でも、仲間に……」

「あぁ、そなたの技量は把握した。ただの人間ではないと。フェンリルを従えていた時点で、只者ではないとは思っていたが、これで確信できた。良いだろう、そなたの仲間とやらになってやろう」


 なんと、猿がこんなことを言ったのだ。

 これは俺にとっても都合が良かった。

 何せこのフェンリルが、きびだんごを2個も食べてしまったから、後々足りなくなるのではないかと心配になっていたからだ。

 きびだんごを渡さなくても仲間になってくれるのなら、これ以上のことはない。


「いいのか! ありがとう! 俺の名前は桃田郎。これからよろしく!」

「吾輩は孫悟空。短い付き合いになるであろうが、よろしく頼む」


 こうして俺は孫悟空を仲間にした。

 犬、猿と、原作通り順調に仲間が出来ている。

 残るは雉だ。このまま雉も上手く仲間にして、鬼ヶ島に直行するぞ

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