最終話 プロローグの終わり

暗転した世界に、一筋の光が生まれる。

それは、どこかの光景を映し出すモニターだった。


その前に、ひとりの人物が座っている。


場所は、遠く離れた港町の郊外。

大きくも小さくもない屋敷の一室を映すそのモニターは、この世界では“存在してはならない”技術――オーバーテクノロジーの産物だった。


本来ならあり得ない技術を現実に引きずり出したのは、スキル《鑑定》の持ち主、ジョーカス・オーザラック。


彼は赤く光る瞳で、映し出された室内を凝視していた。

そこに映るのは、“踏み台”としての役割を終えた青年――キース。

その一挙手一投足を見逃すまいと、モニターに顔を近づける姿は、まるで【推し活】に熱中するサラリーマンのようだった。


モニター越しには、こちらに気づくこともなく、穏やかな日常の会話が流れている。




リビングで談笑する老若男女に、執事服の老紳士が声を掛けた。


「坊ちゃん。ウィードル家とバーランチ家より、お手紙が届いております」

「え? ノッディとデーヴから? 見せてくれ」


老紳士――セバスから手紙を受け取ったのは、屋敷の主人、キース。


「二人から手紙? 何が書いてあるの?」


隣で座っていたラシュティアが、興味深そうに身を乗り出す。


封を切り、内容をざっと目で追ったキースは、肩をすくめて言った。


「ん~、僕の手配書の撤廃申請が通らなかったってさ」


「ははっ、この【ONLY ALIVE生け捕り限定】なんて初めて見たぜ」


笑いながら口を挟んだのは、ドット。手には国発行の手配書が握られている。

犯罪者に掛けられる手配書といえば、普通は【DEAD OR ALIVE生死問わず】だ。


「兄弟のスキルが欲しいんだろ。そういや、アレは再使用できるようになったのか?」

「いや、まだだね。テックロア。感覚的には……あと半年くらいかな」

「“踏み台”としてチャージが要るとはのう。少々扱いづらいスキルじゃ」


ラシュティアの対面に座っていたテックロア、そして遠巻きに眺めて楽しんでいたボブマーリンも会話に加わる。

彼らの言う“アレ”とは――あの学園襲撃の際、キースが発動した伝説級スキルのことだった。


「まあ、いいじゃねぇか。また使う場面なんて、そう来ねぇだろ」


ドットが笑って話を締める。

彼の率いる《ブラストクエスターズ》は、精鋭ぞろいだ。

もはや、危機など滅多に訪れない。


その間にも、セバスは慣れた手つきで紅茶を注ぎ終える。


「皆さま。パラリスト聖王国産のハーブティーでございます」

「セバスさん、ありがとう」

「ラシュティアさま、“さん”はご不要です。私はあくまでキース坊ちゃんの従者ですので」


「セバス……僕はもう、貴族じゃないんだぞ」

キースの穏やかな声に、室内の空気がほんのりと和らいだ。


「キース坊ちゃん、またすぐに帝国へ行かれるのでしょう? 老骨のわがままを一つ、お聞きくださいませ」


さめざめとウソ泣きをしてみせる老執事を、キースは何とも言えない眼差しで眺めた。


彼らは騒がしくなったアルセタリフ王国を離れ、次の目的地――帝国へ向かう旅の準備を進めている。

そんな折、皆がそれぞれの思いを巡らせていた時、キースが何かを閃いたように顔を上げた。


「そうだ、ラシュティア! 出発前にオススメの喫茶店に行こう」

「兄弟、それはねぇだろ。ラシュティアちゃん、おれっちと屋台巡りだ!」


突然の誘い合戦に、紅一点のラシュティアは目を回す。

しばし沈黙ののち、彼女はきっぱりと言い放った。


「ダンジョンだ。ダンジョンに行くぞ!」


しかし、その声をかき消すように別の声が割り込む。

リーダーのドットである。

割って入った彼の言葉に、「え~!」という三重奏が響いた。


「まったく……また本を買う金が尽きたのかのう」

ボブマーリンの呆れたようなぼやきに、場の空気が笑いに包まれる。


――その瞬間、画面が揺らぎ、場面が切り替わった。

ジョーカスは静かに息を吐き、そこに映る部下の報告を待つ。




「以上で~す。ジョーカス様ぁ、学園襲撃の主犯にザコキースが入ってますよぉ。もう見限って、い~んじゃないですか?」


軽薄な声の主は、部下の末席に名を連ねるシータだった。


彼は、その小馬鹿にしたような口調を咎めることもせず、まるで愛娘に話しかけるように穏やかに言葉を返す。


「シータ。君にはキース様を“踏み台”として認識しなさいと言いましたが――もう、その必要はありませんよ」

「え~、どうしてですかぁ? ジョーカス様の寵愛を独り占めしてる限り、あれは敵ですって」

「フフ……私を想ってくれるのは嬉しいですね。でも、もう君に“役割”が付与されることはありません。自由にしていいのですよ」

「え、ほんとに? やったぁ! すぐ行きますね! ベッド、用意しておいてくださーい!」


通信は一方的に切れた。

ジョーカスは長い吐息を吐き、思わず苦笑を浮かべる。

何も理解していない部下だ――だが、それがまた愛おしい。

普段の冷徹な商人の仮面からは想像できない、父のような微笑が浮かんでいた。


ふと、彼の脳裏にシータが報告していた“学園襲撃”の光景が蘇る。

その瞬間、笑いが漏れた。

やがてそれは堰を切ったように膨れ上がる。


「フフッ……フフフ……フハハハハハハハハハ!」


誰もいない空間に立ち上がり、顔に手をあて、狂気の笑いを響かせる。


「――ああ、素晴らしい。流石、我が主。想像を超える覚醒だ……! やはり貴方様こそ、“王”に相応しい!」


演劇の舞台に立つ俳優のように、ジョーカスは両腕を広げ、天を仰ぐ。


「世界は彼に平伏すべきだ。王女の“人間選別”など不要……キース様がすべての人類を進化させてくださる! ああ、そのためなら私は――」


ジョーカスは、そこで言葉を止めた。

……不自然な沈黙。


彼が此方を見た。


赤い瞳が、を覗き込んでいる。

スキル《鑑定》――アイテムのフレーバーテキスト、設定レベルまで見抜くスキル。

それは神のシステムに干渉する、禁断の視線。


「どこぞの名ある神かは存じませんが……ようこそ、いらっしゃいました」


彼の声が、こちら側に向く。


「まさか、まだアクセス可能な端末が残っているとは思いませんでしたよ」


こちら側から“物語”を覗けるなら、あちら側からも覗かれて然るべき。

それが観測の理だ。


「神の目となりうるは、すでに対処済みです。しかし、まさか私まで観測対象とは……フフ、案外、自分のことは見えないものですね」


もはや、モニターは映らない。

あるのは、赤い目をしたジョーカスと、まっすぐに交わる視線のみ。


――レストレーションに失敗しました。


ノイズが走る。

彼の声が、どこか柔らかく響いた。


「折角ここまでお越しいただきましたが、この“物語”はすでに結末を迎えております。

貴方のおかげで、この世界は存在している。しかし、この先の未来は、すべての可能性を補完したいのです」


彼はゆっくりと指を折りながら語る。


「キース様の優雅なスローライフを堪能する未来。

王女の選別によって、人間が進化する未来。

私の扇動によって、キース様が世界の王となる未来。

――あるいは、想像もできないハチャメチャな未来。」


ジョーカスは微笑んだ。


「観測されれば、未来は確定してしまう。

何が起こるか分からない方が……面白いと思いませんか?」


静寂。

やがて、彼は軽く肩をすくめた。


「知りたい? フフフ、贅沢な方だ。

どうしても知りたいなら、貴方のに聞いてみるといい。きっと、素晴らしい物語を語ってくれますよ」


少し間を置いて、彼は冗談めかして笑った。


「――冗談ですよ。

それでは、現世へお帰りください。世界が一巡したら、またここでお会いしましょう」


彼の声が遠のいていく。


「では、ごきげんよう」




世界が暗転する。




――終劇――







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僕が悪役貴族?ふざけるな!--踏み台扱いなので後は知りません-- 沢庵へーはち @takenoko23

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