第44話 レールを外れた暴走王女

かつてダンジョンがあった場所は、いまや腐敗した大地と化していた。

住民たちは茫然と、静まり返った広場をただ見つめている。


毒で溶け、炎で焼かれた時計台は原形を留めず、その傍には、誰が突き立てたのかも分からぬ八本の双刃刀が無造作に刺さっていた。


ダンジョン・スタンピードは、偶然その場に居合わせた冒険者たちによって鎮圧された。

しかし、静寂が戻っても、市民の心が追いつくには時間がいる。

危機が去ったと頭では理解していても、足元の世界はぐらついたままだ。


颯爽と現れ、災厄を止めた冒険者たちはすでにいない。

彼らはまだ炎の手が上がるアルセタリフ王立英鳳学園へと向かい、遠く、王都の空には――二本の巨大な竜巻が立ち昇り、戦いが続いていることを物語っていた。


さらに、学園の上空に次々と転移魔法陣が展開し、ひときわ禍々しい“何か”が降りようとしているのも見える。


――まだ、終わっていない。


そう悟りながらも、彼ら市民にできることはなかった。

無事であったことに安堵し、やがて到着するであろう王都駐屯の騎士団をただ待つしかない。


彼らの知る世界は、すでに変わってしまったのだ。



「ははははは! やはり君は生き残った! さあ、今こそ決着をつけよう!!」


アレンは技巧を回避されたにもかかわらず、凹むどころか歓喜している。

理解できない。

まだやるのか、と心底うんざりした瞬間――死を連想させる魔力の奔流が飛来した。


何度も味わってきた“死の気配”。

舐めるな。もうその程度では、僕は止まらない。


射線は直撃ではない。爆ぜるタイプだ。

僕とアレンの間に着弾する、その刹那の間に〈アイアンクラッド〉――防御強化魔法を展開する。

対象は、もちろん瀕死のアレン。


視界が真っ白に染まる。

爆音が鼓膜を破り、背中の衝撃で肺が空になる。だが、気合で無理やり呼吸を繋ぎ、起き上がる。


まず確認するのは――アレンの無事だ。

倒れてはいるが、回復役のソフィアが駆け寄っている。他の仲間たちも見える。生きている、ならいい。


……だが、最悪だ。


再起動中だった魔法陣が消え、鍵状の魔道具が地面に転がっている。


――やられた。

これで、また五分は結界を張れない。


原因を作った魔力の射出方向――上空を睨む。


「ゲゲゲ、タレコミ通リ。信託ノ王女ト、封印ノ楔デス、ルビエム様」


魔族上位幹部《グレーターデーモン》。

そして、そのさらに後方には――


「……何で貴様が居るんだ。《魔王四天王》――ガルビエム!!」


「ほう、ワシのことを知っておるか。感心じゃのう」


漆黒の三対翼を悠々と広げ、こちらを見下ろす魔の巨影。

有り得ない。ここにいるはずがない。


だって――四天王は、本来……


「……まさか。どこかの“楔”が、落ちたのか?」

「キース、“楔”が落ちたって、どういうことだ」


ソフィアの治癒を受け、仲間に肩を借りながらも、アレンは上空の魔族を睨みつけて問う。


それに答えたのは――ルーレミア王女だった。


「魔王はね、二つの相反する属性――聖と魔。その強烈な反発力で拘束されているの。より強い“魔”を対に置くほど、封印は強固になる。

“楔”とは、強大な魔族を聖遺物に封じ込めたものよ。なら、どんな存在が封印にふさわしいと思う?」


ルーレミアの言葉は、ゲームではまだ明かされないはずの禁忌情報。

本来なら主人公アレンプレイヤーが、まだ触れない領域の話だ。


「強大な魔族……つまり、四天王の力を利用して封印してたってことか! そいつがここにいるってことは……」


アレンは答えへ辿り着く。

封印の楔。

それこそが四天王であり――魔をもって魔王を縛る、最大の鍵。


ルーレミアは静かに笑った。


「ふふ……そうよ。一つ、解けちゃったの。わたくしの未来予知も完全じゃないのよ? だから、“キース様を裏切り者と誤解してしまう”こともあるの」


何をしれっと――

魔族の“タレコミ”も、どうせお前の脚本だろう。


場所が知られてしまえば、他の楔も――学園と同じ手で落とされる。


「姫さんにも、読み違えることがあるんだな」

「“神託の王女”って呼ばれているけれど、わたくしもよ? アレン」


彼女の笑みは、反省でも謝罪でもなく――ただ楽しんでいる“観客”のそれだった。


上空には、さらに転移魔法陣が重なっていく。

もう、アレンと決闘している場合ではない。


「……では僕の疑いは、晴れたと認識していいのか?」

「ああ。魔族は、俺と君、それに魔道具ごと吹き飛ばした。魔道具が奴らにとって、重要でなかった証拠だ。君は裏切っていなかったよ」


アレンは剣を構えながら、はっきりと言った。


「済まなかった。疑った俺を許してくれ。だから――共に奴らを倒そう!」


いや、共にじゃねぇよ。既成事実なんて作ったら済し崩しに仲間にされかねない。

しかし……


――既に、“楔”がひとつ落ちている。


夢で視た“ゲームの未来”は、もう存在しない。

本来なら楔はひとつも落ちず、別の方法で魔王は復活する。


ルーレミアは、完全にシナリオを組み替えた。

そして元凶の手から離れ、動き出してしまった。

僕は、もうその先を知るすべはない。


魔王を倒すはずの“主人公”アレンが、この場で死んでも――何ひとつ、おかしくない。


「諸君、話はまとまったかな? だが、少し待つがよい。……貴公らに、援軍が来たようだ」


上空から響く、ガルビエムの声。

まるで敵意の無い、いや、僕たちを障害とすら思ってないのかもしれない。。


「キース様、小生、助けに来ましたぞ!」

「キース!無事だすか……って、なんだすあれ!? 魔族、魔族だらけだす!!」


別の入口から、ノッディとデーヴが中庭へ飛び込んでくる。

視線を空へ向け、絶句する。

転移魔法陣はなお増殖し、そこからは錆色の肉に蝙蝠翼を持つ《レッサーデーモン》が際限なく降ってきていた。

――別の“楔”を落とした軍勢が、こちらにも押し寄せているのだ。


「ノッディ! デーヴ! 何でここへ来たんだ!」


怒鳴りつつも、無事な顔に胸を撫で下ろす。


「キース様、もう小生らは“対等な友”ですぞ。助けに来るのは当然でしょう!」

「そうだす。いつまでも守られてばかりじゃないだす。もう、キースには負けないだすよ!」


……ああ、そうか。

強くなったのは、僕だけじゃない。

あのダンジョンから――僕らは、共に歩んできた。


「ククク、役者は揃ったか。ならば、その魔道具を使うがよい」


ガルビエムが嘲笑とも賞賛ともつかぬ声音で告げる。


「見たところ、それは即時発動の結界具ではあるまい。その間――余が遊び相手となろう」

「くそ……舐めやがって」


だが、慢心は隙だ。

利用しない手はない。


「アレン、お前はルーレミア王女を連れて行け。この中庭では、護りながら戦う余裕などない」

「だが――四天王だぞ。共に戦った方が……」

「魔王を倒すんだろ? 忌々しいが、王女だけが――お前を魔王討伐まで導ける。ここで二人のどちらかを失えば、全てが終わる」


今の敗北条件は明確だ。

アレン、もしくはルーレミア王女の死亡。

それだけは、絶対に避けねばならない。


最悪――ここが陥落して四天王がもう一体解き放たれても、まだ魔王は蘇らない。

まだ、時間は……ある。

だが、学園周辺は無事では済まないだろう。

つまり、折角助けた人たちが――


……くそ、本当に僕は、どうしていつも貧乏くじなんだ。


それでも――僕には、仲間がいる。


「……死ぬなよ、キース。君は――俺が手に入れるんだから」

「ちょ、ちょっとアレン!? 何言ってるの、あなた!?」


ソフィアが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ほう、信託の王女を逃がすか。だが、我々が黙って見逃すとでも思うのかね?」


ガルビエムの声が上空で響く。


「グレーターデーモン、一軍をもって王女を捕らえよ。丁重にな」


「御意!」


場が一気に動き出す。

アレン一行は中庭を駆け、学園内へと向かい、魔族たちがそれを追う。

距離が離れているため加勢は難しいが、アレンたちは危なげなく魔族を捌いている。

ろくでもないハズレスキル――“踏み台”も、少しは役に立ったらしい。


アレンの仲間たちに守られながら走っていたルーレミアが、こちらを振り返り嗤う。


「キース様、わたくしはあなたの未来は見えません。それどころか、この窮地の結末すら見ることが出来ませんわ」


激しい衝撃音の向こうで、彼女の声は不思議と鮮明に聞こえた。


よ。この結末は、わたくしには解らない。わたくしがしかできないなんて――ああ、なんて素晴らしい事でしょう。こんな事、初めてだわ。世界が、こんなに色鮮やかだったなんて! 嗚呼、すべてはあなたのお陰……あぁ、欲しいわ。わたくしは、キース様が欲しい!」


え?無理です、ごめんなさい。

アレンに必要だから、目を瞑ってるだけだからな。

正直、こ……いや、一発殴りたいと思っている。


「ええ!? これって、さ、三角関係!?」


ソフィアがさらに真っ赤になって慌てる。


負けヒロインが騒いでいるが、それは勘違いだろう。

ルーレミアの目は、僕を見てはいない。

あれは、他人の持っている激レアカードを欲する子供の目だ。


「ごきげんよう、キース様。後に再び相まみえるよう、準備しておきますわ」


その言葉を残し、アレンたちは学園の建屋内へ消えていった。


僕は地面に転がった魔道具を拾い上げ、もう一度、魔法陣へと刺し込む。

魔法陣は青白く脈打ち、再び起動の気配を見せる。


「さあ、諸君。始めようか。見たところ、五分程度と見た」


ガルビエムの声が冷たく広がる。


「それまで、存分に楽しませてくれたまえ」




「余り僕たちを舐めるなよ」


《爆裂のソードブレイカー》を水平に構え、僕はガルビエムを睨み返す。




「“ぽっと出の四天王”だろうと“裏のラスボス”だろうと、僕の道を阻むなら超えるまでだ!」


無謀かもしれない。だが、やってみせる。

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