第42話 ラプラスの悪魔

この世界は――間違っているわ。


なぜ、世界の支配者である人間が、魔物という不純物に怯えて暮らさなくてはならないの?

なぜ、世界の支配者である人間が、神に与えられた《スキル》で互いを測り合い、差別しあわねばならないの?

なぜ、世界の支配者である人間が、金というつまらぬ数字に目をくらまされ、自分の務めを放棄するの?


――答えは簡単。人間が未熟だからよ。


では、なぜ未熟なのか?

それもまた、この世界の環境が間違っているから。


だから、わたくしは決めたの。

すべてを破壊し、すべてを作り直す、と。

そうすれば、人間が真に支配出来る世界になるでしょう?

そのための物語も、配役も、わたくしが用意した。

世界救世の物語――これは成るべくして成った結果トゥルーエンドよ。


神も理解してくださっているわ。

だからこそ、世界を再生させるために――“魔王”という機構をお与えになった。

時がくれば、世界はいずれ機構によって最適化されたわ。

わたくしはただ、それを少し早く起動させただけ。


だって、わたくしは神に世界を導く存在として”神託”を任されたのよ。

世界の支配者となる人間の中に、当然含まれるはずでしょう?

自然に物語が始まるのを待っていたら、わたくし、お婆さんになってしまうわ。


……けれど違ったの。もっと先があったの。

わたくしの役目は、もっと崇高なモノだった。

そう――わたくしは神に選ばれた。


――わたくしは、神の器。


さあ、アレン。

神となるわたくしを討ちなさい。

そうすれば“神のシステム”は消滅し、真に人間が世界の覇者となるでしょう。


さあ、アレン。

これが、終末の始まりよ――。



学園の中庭にそびえる“魔王封印の楔”を見上げながら、ラストバトルの映像が脳裏をかすめる。

ラスボス、ルーレミア・アルセタリフ王女が描いた結末。

そのために、人類のほぼ全てが犠牲になった筋書き。

だが、魔王の復活がここで起きてしまえば、そのシナリオは歪んでしまうだろう。

彼女の采配は完璧だった――少なくとも、ゲームの中では。


僕が楔の正面に近づくと、何もない空間に青白い光の曲線がいくつも描かれ、魔法陣の紋様が浮かび上がった。

その中心には、まるで鍵穴のような空白。

僕は大きな鍵を、その”鍵穴”に突き刺す。


中庭の空間がぐにゃりと歪んだかと思った瞬間、幻想的に輝いていた楔の光が消え失せた。

感知阻害結界の起動光が、今まで中庭を照らしていたらしい。


「動くな! 裏切り者!!」


まるで計ったかのように――いや、正に王女によって計られたタイミングで、中庭に侵入者が現れる。

主人公、アレンだ。

そう、彼女の采配は完璧だ。

だが今回の配役は、ゲームの時と違う。


「!? 本当にキース……裏切り者は君なのか!」


ゲームでのアレンは、イベントクリア用のキーアイテム――大きな鍵を持っていた。

だが今、彼の手は空だ。

当然だ。鍵は僕が使ってしまった。


再起動を妨害され、予定より早く魔王が復活したら君も困るはずだろう?

ルーレミア……君はいったい何を狙っている?


「やっぱり……姫さんの言う通り、魔王の復活が目的だったのか」


アレンは信じられないといった表情で、僕をにらみつけてきた。


「裏切り者とは心外だな。僕は結界を再起動していると言うのに」


もちろん、この状況なら僕が停止させたと思うのも無理はない。

だが――彼は前回の決闘で急成長していた。もしかしたら説明すれば分かってくれるかもしれない。


「再起動? 何を言っている。結界は止まったじゃないか! それが狙いだったんだろ!」

「いや、当然一度止まるだろう? それから起動するんだ」

「待てば本当に動く保証はあるのか? 魔族を呼び寄せる時間稼ぎじゃない証拠は?」


……証拠。

どうあってもそれは示せない。君が求めているのは悪魔の証明だ。


「五分待てば再起動する」

「はっ、語るに落ちたな。そんなに時間が経てば、この場は魔族で埋まる!」


はい、その通りです。

……くそ、こうなったら教授の威光に頼るしかない。


「再起動に時間がかかるのは事実だ。だが、これはリュシアーナ教授――魔道具の権威が作った物だ。これ以上は早められない」

「リュシアーナ・ローデンバーグ教授……? そんなローデンバーグ侯爵家の手の者を信じられるものか! ローデンバーグ家は国を裏から操ろうとしている悪徳貴族だ!」


……そこに繋がるのか。

確かにゲームにもあった。現当主の野心と悪事を、子供たちが諌めるというシナリオが。


「おい、平民のお前がどこでそんな情報を知った?」

「姫さんと学園で調べたのさ。証拠も手に入れた」


――なるほど、それを使って解決するのは、ゲームでアレン、お前の役割だったな。


「それは親の悪事であって、子供やその配偶者は関係ないだろ!」

「……確かに一理ある。だが可能性があると示しただけだ。結局、証拠がない」


あぁもう、頭の固い奴だ。いや、事実証拠は僕の手元に無いんだけどね。

本当に、どれだけやりにくい状況を作ってくれるんだ、ルーレミア!


「証拠がないなら……結界を止めているその魔道具を一度抜いてみせろ。それで分かるはずだ!」

「止めてはいない! これを抜けば再起動すら止まる!」


互いに間違っていない。だが、議論は永遠に平行線のまま。


「……証拠さえあれば、俺は……」


アレンが苦悩に顔を歪める。


もう頃合いだ。時間をかけすぎれば魔族が押し寄せる。

味方かどうか不明のまま共闘するのは危険だ。


「証拠だの何だの、埒が明かん。いいだろう――お互いアルセタリフ国民だ。伝統に従って決めようじゃないか」

「……結局、こうなるのか。君とは分かり合えると思っていたのに」


互いに覚悟を決め、同じ結論に至る。




「「――決闘だ!!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る