第41話 “ざまぁ”かどうかは人による
学園襲撃が始まってから、もうかなりの時間が経っていた。
急がなければ――夢で見た通り、結界要部の塔を守る教師陣は全滅し、生徒も半数以上が犠牲になる。
中央棟の中庭を目指す途中、何人かの逃げ遅れた生徒とすれ違った。
助けてやりたい気持ちはあったが、彼らには自力で逃げてもらうしかない。
『時間かかるなら、手は出しちゃダメ。何も出来なくなるよ』
ラシュティアの言葉が脳裏によぎる。
彼女は人助けをよくするイメージがあるが、やはり線引きはあるらしい。
「そこのあなた、冒険者でしょう。私を助けなさい!」
……何度目か分からないくらい聞いた、上から目線の声掛け。
無視して進むのが正解だ。だが――聞き覚えのある声に、つい足が止まってしまった。
「え!? キース……さま?」
「……エマミール……様」
よりによって、このタイミングで面倒な相手に出会ってしまった。
「まあ! ルールを破ってまで私を迎えに来てくださったのですね!」
……ん? 反応が、ちょっと違う?
普通なら「避難させろ!」と怒鳴るところなのに。
「そうですわよね。私の魅力が忘れられず……当然ですわ、王太子殿下の側室に選ばれるほどの私ですもの」
「ち、ちょっと待ってくれ、エマミール様? 話が見えないんだが」
「どうなさったの? さあ、私を連れ去りなさい! 魔族まで使って私を奪いに来たのでしょう!」
……え、なに言ってるんだこの元婚約者。
側室? な、なに?
困惑する僕をいいことに、彼女は畳みかけるように言葉を重ねてきた。
「過去のことは水に流してあげますわ。だから――さっさと私をここから連れ出しなさい!」
よく見ると、エマミールは酷く憔悴していた。
肌荒れ、目の下のクマ──強いストレスを受けているのが見て取れる。
襲撃で怯えて青白い生徒たちとは違う、何か持続的な疲弊だ。
「何なのよ!? いつもみたいに私の言いなりになりなさい!」
感情が先走り、正常な応答ができないらしい。決闘以降、彼女に何があったのか、僕には知る由もない。
「すまない、エマミール様。付き合っている時間はないんだ」
「時間がない? ふん、まだ決闘のことを根に持ってるのね。だからまた嘘をつくのね!」
彼女の視線は軽蔑に満ち、力強かった。まるでそれが当然だとでも言わんばかりだ。
「貴方は私に嘘をついてたでしょ。平民と戦えるほど強かったのに。私のしたことなんて可愛いものよ」
「……不義や窃盗が“可愛い”か? そもそも、僕は魔族と戦っていて――」
「仕方がなかったのよ。お父様もお母様も、私を政治の道具にしか見ない。貴方だって私を利用して、自分の好きに生きている。私は悪くない。全部、周りが悪いのよ!」
彼女は僕に向かって喋っているのか、それとも別の何かに怒りをぶつけているのか分からない。会話が成立していない。
「王太子殿下が最初だけ私を愛してくれたのよ。今じゃ見向きもしない。こんな側室に何の意味があるの? 私は被害者なの!」
感情が昂ぶり、涙を零す。正直に言えば――めんどくさい。だが、事態は深刻だ。
どうやら、いつの間にかエマミールは、王太子の側室に成っていたようだ。
「平民に負けたことは一緒に謝るから、侯爵家に帰ろう。それで義母様も許してくれるわ」
急に慈悲深い表情を浮かべるエマミール。
だが、どんな貴族であろうと王族の側室を攫えば、国家反逆罪で一族諸共の極刑だ。
この会話を誰かに聞かれるだけでも危険である。
「いいわ。冒険者がそんなに好きなら、私も家を捨てる。連れて行きなさい!」
……無理だ。そんなことでテロリストになるくらいなら、腹黒王女を暗殺して世界を救ったテロリストになるよ。
「エマミール嬢!!」
女性の声が響いた。
低く落ち着いた響きなのに、有無を言わさぬ凄みがある。
「げぇ……シャーロット様」
「なんてはしたない言葉遣い。まったく、教育係に厳しく申し付けなければなりませんね」
そこに立っていたのは、こんな状況であっても黒髪を美しく縦ロールに整え、制服すら塵ひとつ纏わぬほど完璧に着こなした女傑。
鋭い目元は好悪を分けるが、その美貌はルーレミア王女に劣らない。
そして何より、彼女こそフロードリヒト・アルセタリフ王太子の婚約者――シャーロット・ローデンバーグだった。
「それより……先ほどの発言、どういう意味ですの?」
すまない、父さん。僕、やらかしました。
いや、冷静に考えて、僕のせいじゃないよね?
「い、いえ、その……それはですね……」
エマミールがしどろもどろになっている。
頑張れ。ここは君が踏ん張らないと。
僕?もう首を垂れているから。
「……まあよろしいわ。今は聞かなかったことにして差し上げます。そこの冒険者さん。大広間の状況は?」
「はい。正面扉で攻防が続いておりますが、大広間は無事です」
「よろしい、情報感謝いたしますわ。――さあ、行きますよ、エマミール嬢」
「いやっ、助けてください!」
「……少し黙りなさい。これ以上は擁護できませんわよ」
シャーロットに腕を掴まれ、エマミールはずるずると引きずられていった。
僕の与り知らぬ所で元婚約者様は、大変なことに成っていたようだ。
「……お幸せに、エマミール。これが“ざまぁ”ってやつか……」
唖然と彼女たちを見送っていると、皮肉とも感慨ともつかぬ言葉が、思わず口をついて出ていた。
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