第39話 聖堂で籠城戦は定番

「オノレ人間ドモ……必ズ、魔王様ヲ復活サセ……」


何事かを喚き散らす魔族を斬り伏せる。

奴らも例にもれず、僕のスキルで強化されていた。

だが、ラシュティアのおかげで一対一の状況を作れたので、大きな苦戦はなかった。


魔物と違って、魔族は言葉を操り、知恵もある。

――だが、だからといって分かり合えるわけではない。

彼らもまた、ただ人類を滅ぼすために存在する災厄だ。


「ノッディ! デーヴ! 大丈夫か?」


恐る恐る声をかける。

ダンジョンを共にした以来、まともに話していない。

……どんな反応をされるか、正直怖い。


「キース様……小生は……」

「お、おいら……謝りたいことが……」


二人が言葉を紡ぎかけた、その時だった。


「おい、そこの冒険者! よくやったぞ!報酬はたんまりくれてやる。俺を外に逃がせ!」


聖堂の中から、学園の制服を着た生徒が偉そうに声を掛けてきた。

ラインの色からして最上級生。さらにポケットチーフまで持っているから貴族だろう。


……なるほど。学園で戦闘訓練は受けているだろうが、魔族相手に戦える度胸はないらしい。

虚勢を張っているが、腰が引けている。戦力になるとは思えなかった。


僕は無視して聖堂の中へ入り、辺りを見渡す。

だが――肝心の人物の姿がない。


「ちょっと君。リュシアーナ教授を見なかったか?」


震えている平民の女子生徒に声をかける。

アルセタリフでは一般的な茶髪だが、表情には恐怖が色濃い。


「リュシアーナ・ローデンバーグ教授……ですか? 私、授業を受けていました。途中までは一緒に避難していたんですが、急に別行動を……」


彼女の声は震えていたが、幸運なことに直近の情報を得られた。

ん?……何か違和感がある。だが今は確認を急がねば。


「それで、教授はどこに……」

「おい! 俺を無視するな! 平民の冒険者風情が、生意気だぞ!!」


またか。貴族生徒が絡んでくる。

――ちょっとお前様、静かにしていてもらえませんかね?

口には出さないつもりだった。だが。


「はあ? 邪魔だ、静かにしてろ」


……あれ、心の声が駄々洩れになってる?


「な、何だと貴様……ん? 貴様はまさか――キース・ハーベルバーグ!? 学園を追放された没落者が……何故ここに!」


掴みかかろうとした貴族生徒が、僕に気づいてしまったらしい。


「誰? 有名な人?」

「ほら、入学式の日に決闘して追放された……」


聖堂にいた何人かも気づいたのか、ざわつき始める。


「法を犯してまで婚約者に会いに来たのか? はは、笑えるな。まあ、貴様がここにいることは見逃してやる! さっさと盾になって外に連れて行け!」

「そうだ! お前は悪いことをしてるんだ。身代わりになるくらい当然だ!」

「早く安全なとこに連れていきなさいよ、犯罪者!」


……面倒な流れになってきた。

極限状態のストレスが、この学園でヘイトを稼いだ僕に向けられている。

それ自体は仕方ない。過去の行動の結果だ。

だけど、必要な情報が得られないのは困る。


「キース、結界の修復、終わったよ」


ラシュティアがノッディとデーヴを伴って聖堂に戻ってくる。

防御結界の補修をしてくれたようだ。

逃がしてやりたいところだが、今回は籠城させるのが最善だろう。


「……キース様、ローデンバーグ教授は研究室に向かわれました。小生たちのことは心配いりません。行ってください」

「ノッディ……お前」


三人も、さっきのやり取りを外で聞いていたのだろう。

ノッディの声には、強い意志がこもっていた。


「おい! 何を言っている! 俺たちを見捨てる気か!? そんなことをするなら学園に侵入した罪で訴え――っうわ!」


聖堂が大きく揺れる。外から攻撃を受けたようだ。


「小生たちは、あの時キース様に手を貸すことを躊躇しました」


ノッディが赤く輝く両手を子供大のゴーレムに向ける。

その瞳に炎が宿る。


「スキル《人形劇》――《パペットショー》!」


「そうだす。キース様は友だちだすのに」


デーヴが巨大な《タワーシールド》を軽々と抱えて続く。


「”寄子”としての立場を優先してしまった。小生は後悔してます」

「もう、間違えたくないだす」


羽ばたきの音。竜種の気配も混じっている。


「困ってる友だちに手を貸せない人生なんて、歩みたくない!」

「貴族とか”寄子”とか、どうでもいいだす。キース様は友だちだす。ここは任せろ!」


二人が聖堂から飛び出し、空を睨む。

強化された魔族相手に、二人だけでは危険だ。


「やめろ!奴らは僕のスキルで強化されてるんだ、二人だけじゃ――」

思わず追いかけようとする僕を、ラシュティアが止める。


「ダメ。二人の思いを尊重して」

「……分かってる、分かってるんだ。だけど!」


生徒たちが騒ぎ始める。

「何を勝手に決めてるんだ!早く迎撃に加わって俺たちを守れ!」


「黙るだす!! 戦えないなら引っ込んでろ! おいらたちの後ろでガタガタ震えてろ!」


普段温厚なデーヴの怒号が響き渡り、生徒たちは黙り込む。僕までビクッとした。


「キース様! もう小生たちは貴方の陰に隠れておこぼれを狙う弱者じゃない。戦えます!」

「裏口から、早く行ってほしいだす!」


――二人の背中が、大きく見えた。

込み上げてくるものを堪え、ラシュティアと裏口へ走る。


「絶対生き残れ! それと、”様”はいらない。また会おう!」


右手を振り上げて告げる。

振り返らずに走る僕の背に、二人も右手を掲げて応えてくれた気がした。

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