第29話 宴への招待状
――『やあ、キース君。久しぶりだね。君の大好きなリュシアーナだよ』
――『声が届くということは、実験は成功だ。キャハハ、流石は私! 増幅器を各地に設置した甲斐があったってもんだ』
――『むう、もう“助教授”じゃないよ。君は変わらないね……。ところで、なぜ学園にいない?』
――『キャハハ! ウケるー、決闘なんて古風なことをやったのかね? ……まあまあ、そういわずに』
――『せっかく、学園の特別教師として招かれたんだ。そんな私に、挨拶もない生徒を心配していたんだよ?』
――『……え? それは私が魔道科学の権威だから、って……そう怒るなって。ルーレミア・アルセタリフ王女の一声で、来年からの予定が前倒しになったんだ』
――『……“学園から逃げろ”だって? いくら可愛い生徒からのお願いとはいえ、さすがにそれは無理だよ』
――『一応国民なんだから、王女の意向には逆らえないだろ? それに彼女、多額の出資を約束してくれたんだ。“太パトロン”ってやつさ!』
――『ごめんごめん、ちょっと興奮しすぎた。……確かに、理由が言えないと説得力に欠けるね』
――『今度、遊びに……って、出禁? じゃあ、内緒で来るといい。その時に、詳しく話してくれたまえ』
――『元気そうで何よりだ。会える日を楽しみにしているよ』
――『それじゃあ……またね』
*
気がつくと、僕は宿屋のベッドで天井を見上げていた。
リュシアーナ教授に“餞別”としてもらったトランシーバー型の魔道具――ほとんど携帯電話と変わらないそれで通話してからの記憶が、妙に曖昧だ。
たしかに、ラシュティアと一緒に帰っていたはずだった。
……なのに、何を話して、どこで別れたのか――まるで思い出せない。
ただ、ひとつだけ、確かに覚えていることがある。
いや、思い出したと言った方がいい。
ルーレミアの嘲笑。
ジェーンのスキルを受けたときの、あの凍りつくような感覚。
あの決闘の結末を、ようやく思い出した。
僕はまだ――王女の掌の上にいる。
ゲームの元凶である裏ボス、《ルーレミア・アルセタリフ》の筋書から、僕はまだ解き放たれていない。
「……僕は、まだゲームのシナリオの中にいるってことか」
ゲームでは、彼女は“僕”を主人公アレンの引き立て役に仕立てた。
“僕”に魔族を通して人類への裏切りを促し、無理やりスキルを覚醒させたのだ。
それは“負の覚醒”だったが、魔物と化した“僕”には相性が良かったのだろう。
中ボスとして再登場した“僕”は、その名に恥じぬ強さを誇っていた。
戦いの中で負のスキルに触れたアレンの“文字化け”スキルは、”僕”の死をもって正のスキルへと覚醒した。
それが彼女の描いた筋書き。
学園編のラストを飾るビッグイベント、――学園襲撃イベントの裏の結末だ。
彼女は“僕”の自尊心を巧妙にくすぐって操り、魔王復活の駒としてのアレンを成長させようとした。
「アレンが成長するのは、僕としてもありがたいけどね」
魔王の復活は、彼がやらなくてもいずれ起こる。
でも、魔王を倒せるのは彼しかいない。
彼の“文字化け”スキルは、そういう役割を持つものだった。
ルーレミアはそれを理解したうえで、利用している。
……裏の筋書きはいい。僕が死ななければ、だが。
問題は“表側”だ。
学園襲撃イベントの表向きは、“魔王封印の楔”の破壊を狙う魔族と、学園教師たちとの攻防戦。
結果的には、1年生のアレン一行が防衛用の結界を強化し、魔族上位幹部を退けるという大金星をあげる。
「でも、それは――教師陣の全滅と、生徒の半数が帰らぬ人となる犠牲の上に成り立っている……」
僕はこのイベントには関わるつもりはなかった。
犠牲が多すぎるからこそ、戦力は多い方がいいというのは分かる。
だけど、僕のスキルは“敵を強化する”。
僕が行けば、むしろ被害が増える可能性が高い。
だったら、行かない方がいい。……そう思っていた。
――そう、思っていたのに。
腹黒王女め……やってくれたな。
リュシアーナ教授を、あろうことか“全滅する教師陣”に紛れ込ませた。
「もう誤魔化せない。自覚したわ。……僕は、彼女のことを“母の代わり”のように想っている。いや、愛していると言ってもいい」
マザコンが極まってるな……
自分の感情が気持ち悪くて、吐き気すらする。
けれど――認めるしかなかった。
彼女に危機が迫っていると認識した瞬間、僕の中にどうしようもない焦燥感が込み上げてくる。
僕は、赤の他人――それも未婚の令嬢に、こんな歪んだ感情を向けてしまうほど、壊れているのかもしれない。
……だが、それを自覚したところで、彼女を助けに行かないという選択肢はもう存在しなかった。
だって、彼女を救える者は僕しかいないのだから。
ゲームでは彼女は“世界崩壊後”に登場する。
――ということは、彼女は地獄を生き延びた強者……なのか?
いや、違う。彼女は“加護”なんて、ほとんど上げていなかった。
彼女のスキンシップには、高い加護持ち特有の手加減が一切なかった。
つまり、彼女は“搭”という限定的な環境にいたから、偶然助かったに過ぎない。
状況が変わってしまった今では、もう何の保証もない。
いや、むしろ――
「ルーレミアが呼んだ以上、何もしなければ確実に死ぬ」
ルーレミアには“未来予知”がある。
そして、彼女は――なぜか僕にも“未来を見る力”があると勘違いしている……いや、違う。勘違いじゃない。
少なくとも、僕がゲームを通して“世界崩壊後”を知っていることには気づいている。
そして、彼女はその“能力”が自分の脅威となるかどうかを探っている。
だからこそ、リュシアーナを“人質”として、僕を学園へと誘導しているのだ。
父でもなく、セバスでもない。
彼女が選んだのは、“僕が必ず動く相手”だった。
……結局、未来予知を持つルーレミアの前では、僕が何をしたって変わらない。
そう思った。思いかけた――でも。
「ちょっと待てよ」
もし、本当に未来が見えるのなら……探る必要なんて、あるのか?
わざわざ、塔の教授という権威ある存在のスケジュールまで変更して、僕を試すような真似をするだろうか?
踏み台スキルの真の性質だって、見抜けているはずじゃないのか?
探り以外に、僕を学園に呼ぶ理由が……あるのか?
いや、ない。
「“僕の未来”が見えていないんだ」
――見えないからこそ、試してきた。探ってきた。
確かに、アレンの“文字化け”スキルが覚醒するには、負のスキル――《七つの大罪》を持つ者との戦いが必要だった。
でも、ゲームではルーレミアの手駒の一人にも保持者はいたはずだ。
つまり――その駒は、僕でなくても良い。そもそも、《踏み台》は大罪ではない。
それなのに、彼女は、僕を学園に呼んだ。
ならばやはり、探ること以外に意味があるはずがない。
……つまり、“観測できない未来”が、あるってことだ。
それならば――僕にも、“番狂わせ”ができる。
そうだ。そうに違いない。
僕はまだ、折れるには早すぎる。
「考えろ。何か……何か、シナリオをぶち壊す方法はないのか――!」
*
そして僕は、誰にも相談せず、
“パーティーを抜ける”という一枚の書き置きだけを宿に残し、《深淵に続く》と語られる渓谷へと向かった。
そして――
飛び降りた。
これが最善の行動だと、僕はそう信じていた。
この時までは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます