第27話 他人に無い強み

魔法光に照らされた鎧姿の巨人――《オーク》が、雄叫びとともに巨大なハンマーを振り上げる。


僕は、その懐へと滑り込み、肉の薄い脇腹を切り裂いた。

動きが鈍った瞬間、鎧の隙間に赤い光を纏った三本の矢が同時に突き刺さる。


「せぇいっ!」


可愛らしい掛け声とともに、振り下ろされた体躯に見合わぬ大剣が、オークの首元を守るプレートごと頭部を吹き飛ばした。


周囲を見渡せば――

別のオークが、見えない斬撃によって刻まれ、崩れ落ちている。

さらに、一際大きな個体が、同じく超弩級の大剣でその胸を貫かれていた。


「ふう、おつかれ。いい感じに敵も強くなってるな。これくらいなら、攻略に支障はなさそうだ」


ダンジョン内の戦闘を見届けたドットが、そう評した。

どうやら、僕を同行させたことを問題なしと判断したようだ。



なぜ僕たちがダンジョン攻略をしているかといえば――

事の発端は、キャラバンが目的地の辺境伯領の中心都市に到着した直後まで遡る。


冒険者ギルドで報告を済ませ、僕の登録作業を待っていたとき、支部長を名乗る男から声をかけられた。


曰く、「新しく発生したダンジョンにスタンピード危険指数が高い。至急、廃棄を」との依頼だ。

僕達は必要物品を即決購入して、急遽ダンジョンに入ることとなった。



「補助魔法の使い方も効率的だし、オレの見る目に狂いはなかったな!」


ドヤ顔のドットが、こちらを褒めてくる。

さっきまで他のメンバーに「なんで共同攻略を待たずに単独で受けた!」とブーイングされていた反動だろう。


巻き込まないでほしいね。


とはいえ、僕としては――

色々と考える時間が削られたおかげで、むしろ助かっていた。


「ドット、話、逸らすの下手」

「仕方なかったんだよ。偶々、他の金級がいないって言うし……これも良かったからさ」


ドットは手元で“お金”のジェスチャーをしながら、悪びれず笑う。


「お金、困ってない。ドットだけ」

「お主、冒険小説の新刊が欲しいだけじゃろ」

「おれっちは金ほしいから、まあいいと思うぜ!」


和気あいあいとしたやり取りの中、それでも皆は職人のように警戒を怠らない。

テックロアは罠を、ドットとラシュティアは気配を、ボブマーリンは魔力の流れを監視している。


僕がいることが場違いに思えるほど、ブラストクエスターズは金級の名に恥じぬ実力者たちだった。


……だからこそ、だろうか。

この危険なダンジョンの最中でも、僕の思考には“余裕”が生まれてしまった。


僕は、過去と未来の呪縛から解き放たれて、自由になったつもりでいた。

でも――本当にそうだろうか?


何かを、忘れていないか?


ジョーカスのことを思い出す。

あの男は、味方だ、それは間違いない。けれど、敵ではないだけだと言えなくもない。

何かの目的のために僕を導いていると感じる時がある。

そして、彼はいつだって、“言葉”ではなく“体験”によって、物事を伝えようとする。

教えるのではなく、気づかせるのが彼のやり方だ。


そんな彼が、わざわざ僕に“死”を届けてきた――。


……その意味を、僕はまだ理解していない。


胸に広がる得体の知れない不安を振り払うように、僕は会話に割り込んだ。


「スタンピードしそうなんだろ? だったら急いで正解なんじゃないの?」

「ホホホ、“指数が高い”段階なら、まだ急ぐほどでもないのじゃ」


僕の疑問に、ボブマーリンがにこやかに答える。


「結構進んじょるが……ボス部屋は、まだ出てこんじゃろ?」

「……指数? それと、どうして急にボス部屋の話が?」


「詳しい仕組みまでは知らんが、魔道具でダンジョンの“活性度”を測るらしい。スタンピードとはな、ダンジョンボスが地上に姿を現すことで起こるのじゃよ」


どうやら、ボスーーつまり、ダンジョン・コアが現世に露出することで発生するらしい。

彼は本当に物知りだ。博識で、どんなことにも答えてくれる“イケ爺”というやつだ。


「でもさ、銀級の連中ってピンキリだろ? おれっちたちだけの方が楽に……」


テックロアが言いかけた、その時。


僕は前方の風景に、妙な既視感を覚えた。

この感覚――覚えている。ゲームで何度も経験したあの違和感だ。


「止まって! 《スライム》だ!」


叫ぶと同時に、パーティーの空気が一変する。


「うわぁ……こいつ、嫌い」


ラシュティアが眉をしかめ、数歩後ずさる。


《スライム》――前世の知識では“最弱モンスター”の代名詞だった。

だが、この世界では違う。最凶の存在だ。


普段は完全に透明で、魔力も気配も感じられない。

そこに“いる”と知っていなければ、まず見えない。


物理攻撃は一切通じず、触れた瞬間に取り込まれて、ゆっくりと溶かされる。


唯一の対処方法は“火”しかない。

しかも仲間が取り込まれれば、それごと燃やすしかない――そんな残酷な相手だ。


ゲームでは回復できると割り切れた。

でも現実では……本当に、どうすればいい?


「よく気づいたな、キース。松明でも突っ込まなきゃ見えないのに……」

「スライムはのう、ダンジョン攻略において死亡率の高い魔物のひとつじゃ」


ドットとボブマーリンが、通路の床から天井まで広がる無色の塊――《スライム》を眺めながら、世間話のように語る。


僕が気づけたのは、偶然なんかじゃない。


ゲームでは、スライムは一種の“罠”だった。

そしてランダム生成されるダンジョンには、一定の法則がある。

スライム罠は、必ずその配置法則に従って生成されていた。


このダンジョンの構造は、その法則と――一致していた。


情報を共有する手段のないこの世界。

ダンジョンを五度攻略する前に死ぬ者、心が折れる者がほとんど。

でも僕は、セーブとロードのある世界で、ネット情報を浴びながら、老いという時間も気にせず幾百ものダンジョンを潜った。


その知識が通じるなら――これは、僕だけの“強み”だ。


ちなみに、固定ダンジョンにはスライムは出ない。

……問題は、どうやって突破するか、だけど――


魔法光を頼りに進むこのパーティーで、どう対処するんだろう?

そう疑問に思った瞬間、ドットが《レーヴァテイン》を構え直した。


「ま、こいつがあるなら脅威でも何でもないけどな!」


そう言って、魔剣を軽く構えた彼の動きに、僕は目を疑った。


《レーヴァテイン》の剣身が、ドットの意志に応じるように――

通路で扱いやすい形状へと変化し、そのまま……燃え上がる。


剣そのものが、生きた炎の化身だった。


その剣を手に、彼は舞った。


騎士団の戦闘技術とは違う、合理と非合理が絡み合うような奇妙な歩法。

見えない理に導かれるような軌道。

……僕には、それを“舞”としか表現できなかった。


剣が描く“線”の動きが、面を制圧し、スライムを――焼き尽くす。


「な! こいつが出るなら、銀級が居たら危なかったかもしれないだろ?」


ドットが何事もなかったかのように弁解している。

だけど、僕の耳には、その声は届かなかった。


魔剣が松明の代わりになっていること。

剣が形を変えた可笑しさなんて、どうでもよかった。


ただ――ただ、魅入られていた。


《レーヴァテイン》を装備したラシュティアだけが使えるユニーク技巧――《炎狂乱舞》。


ゲームでは“技巧”――つまり、スキル扱いだった。

発動すれば、赤く輝くエフェクトが剣を包む。


けれど、今の動きには……スキル特有の発光がなかった。


これは、スキルじゃない。

これは、人の“技”だ。伝承され、習得できる――“剣術”だ。


ゲームには存在しなかった。

存在するはずのなかった剣技。


だからこそ、もし僕が……あの技を、自分の手で会得できたなら――


今度こそ。


僕は、本当に“自由”になれるかもしれない。



その後、特筆すべきこともなく、ダンジョンボスを倒して依頼は無事完了した。

でも、そんなことはどうでもよかった。


僕にとっての本題は――これだ。


「僕を弟子にしてくださいっ!!」


宿に戻るなり、勢いよく地面に額を打ちつける僕の奇行に、ドットは顔を引きつらせていた。

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