第25話 デートにお邪魔はつきもの
荒野にほど近い平原に、ぽつんと存在する城郭都市――メンタタトル。
高く堅牢な外壁に囲まれたこの都市は、荒野から溢れ出る魔物の群れを監視し、必要とあらば撃退するために築かれた防衛拠点である。
だが、その存在意義はそれだけではない。
重厚な城門がゆっくりと開かれ、キャラバンの馬車が次々と入城してくる。
彼らは、命懸けで魔物の巣窟・ガルバド荒野を横断してきた勇者たちだ。
人も馬も疲弊しきっており、今はただ、安息を求めている。
メンタタトルは、そうした者たちを受け入れるための街でもある。
街の中心を貫く広い街道沿いには、大小様々な宿屋や飲食店が軒を連ねている。
少し路地に入れば、武器屋や魔法店、道具屋が立ち並び、冒険者の需要を満たしていた。
この街は――休憩施設であり、情報交換の場であり、地域防衛の最前線でもある。
すなわち、ここは“商人と冒険者の街”なのだ。
キャラバンの疲れ切った面々をよそに、街の商人たちは精力的に声を張り上げ、活気に満ちていた。
だが、そんな喧騒を背に、冒険者パーティーたちは慣れた足取りで路地裏へと消えていく。
商人と冒険者。
貴族と平民。
時に手を取り合い、共に生きる間柄である。
だが、住む世界は――違う。
*
途中から護衛の仮メンバーとして参加した《ブラストクエスターズ》とともに、キャラバンは城郭都市メンタタトルへと無事到着した。
寝る暇もなく一週間戦い続けた旅も、魔物あふれる荒野という最大の山場を越え、あとは平穏な道のりが残るのみ。
この街で護衛を終えるパーティーもあれば、別の目的地へ向かう馬車もある。
キャラバンとしては、ここが実質的な終着地点のようなものだった。
僕たちは、メインストリートから外れた路地裏の宿《古猫亭》の中庭で、装備についた旅の埃を落としながら、ドットの話に耳を傾けていた。
「キャラバンの出発は明後日の早朝だ。それまで各自、自由行動とする」
「了解っすー」
「わかった……」
それぞれが思い思いに応じると、ドットは満足げに付け加えた。
「当日は遅刻するなよ」
「いや、お前がな!」
すかさずテックロアがツッコミを入れる。
このやり取りはもう恒例行事のようで、誰もが笑っていた。
そのテックロアが、ドットに何かを放り投げる。
「おれっちは情報屋巡りしてくるわ。宿の手続きは頼んだぜ」
そう言い残して、軽やかに路地裏へと消えていった。
他のメンバーも何かをドットに手渡している。……なんだろう?
「キース、お前もギルドカード貸してくれ」
「ギルドカード?」
聞き慣れない言葉に、首を傾げる。
はて、ゲームの中ではそんなアイテム、見たことがない。
「あれ? お前、冒険者ギルドに登録してないのか!?」
ドットが驚いた顔で僕を見る。
「ギルド、入らないと……お金、もらえない」
ラシュティアがぽつりと補足する。
「そうじゃ。魔物討伐も、ダンジョン攻略も、報酬は領主からギルドに支払われる。登録しとらんと損じゃぞ」
ボブマーリンも当然のように言う。
どうやら、この世界の冒険者稼業には、ギルド登録が必須だったらしい。
「採取系の仕事も斡旋されねぇしな。……お前、その加護の高さになるまで未登録で活動してたのか? ……いや、悪い。詮索は無しだな」
あー……そうだよね。
姓を持たない平民が、収入源もなしに加護を上げるなんて、普通じゃない。
そりゃ気づかれるよな。
ドットとボブマーリンは、何かに気づいたような目をする。
ラシュティアはきょとんとした顔をしている。……可愛い。
「……今度、登録するよ。それで、カードってなんで必要なの?」
話を逸らすように問い返すと、ドットが気を取り直したように答えた。
「ああ、このあたりの宿はギルドの提携店でな。カードを見せれば割引になるんだよ」
へえ、それはお得じゃないか。そういうの、好きだ。
「まあな、散々ギルドに報酬をピンハネされてるからな……少しくらい元を取らねーと」
オッサンの哀愁が漂うその背中を見ていると、
――金級になっても生活が楽になるわけじゃないんだな、と実感する。
この世界はスキル差別が有るくらい、力にシビアだ。
死と隣り合わせなのだから、生存率を上げるためだと思っていた。
でも、それは格差への不満の捌け口でしかないのかもしれない。
加護の強さ、戦闘の能力、スキルの希少性。それらは、生き残るために必須の力のはず。
でも、結局――最も必要な力は“金”なんだ。
「ま、宿の方はオレたちで適当に交渉しとくから、お前らは観光でもしてこいよ」
そんな強者も搾取される現実に、ぼんやり思いを巡らせているうちに、ドットはボブマーリンを連れてさっさと宿の中へ入っていった。
「ん、行こう」
ラシュティアが僕の手を引いて、路地へと歩き出す。
え、観光? 二人っきりで……?
*
街に出た僕たちは、観光がてら武器屋を見に行く流れになった。
僕の装備に目立つ傷が増えてきたのを、ラシュティアが心配してくれたからだ。
そんな彼女は今――僕を放ったらかして、泣きじゃくる少女のために迷子の猫を探している。
猫の魔力の残滓をたどり、感知魔法で居場所を特定しているらしい。
僕には使えない魔法だから詳しいことは分からないが、魔力には指紋のような個性があるらしい。
ただし、それは意図的に変えることも可能で、絶対ではない。
この世界では、通信インフラが存在しない。
だから貴族たちは、こうした魔力の特性を利用して、使用人に“言伝”を届けさせる。
要するに――メールは人力で運ばれてくるのだ。
僕は家を出た後に、魔力の個性を変えておいた。
だから、もう“僕”を追跡することはできない。
……そう、環境を変えたいなら、アドレスごと変えるのが一番だ。
ラシュティアは、ゲームの中ではヒロインの一人として描かれていた。
けれど、彼女の立ち位置は他のヒロインたちとは少し違っていた。
世界崩壊で多くを失い、その原因を作った張本人として、主人公アレンを執拗に追い回す“復讐鬼”として登場する。
だが、戦いの末に誤解が解けた後は、真の敵である“魔王”を討つ旅に同行し、最強の仲間として加わる。
加入が物語後半だったにもかかわらず、他のヒロインより圧倒的に強く――ファンの間では“最強ヒロイン”と呼ばれていた。
けれど一部の考察勢の間では、“最も可哀そうなヒロイン”とも言われている。
何故なら、世界崩壊の引き金となった“魔王の復活”は、真のラスボス――ルーレミア・アルセタリフ王女に誑かされたアレン自身の手によって引き起こされたとしか考えられないからだ。
解けた誤解は、誤解ではなく真実で、仇を愛してしまうヒロインなのだと……。
「ごめん、待たせた」
少女と猫を引き合わせたあと、ラシュティアが戻ってきた。
彼女の笑顔は、さっきまでの真剣な表情とはうって変わって穏やかだ。
こんな優しい子が、復讐に囚われる未来があるなんて――いったい、どんな地獄だったんだろう。
「いいや。困ってる子を助けるなんて、ラシュティアは優しいね」
魔法で素早く猫を見つけたから、本当に“待って”などしていない。
ただ、その行動に素直に感動した。
多彩な魔法。洗練された剣術。そして、この優しさ。
彼女は本当にすごい。
「……優しい? ん……あたし、違うよ」
少し考えるように視線を落としたラシュティアは、言葉を選びながら答える。
「助けるの、自分のため。……心が、落ち着くから」
自分のために、誰かを助ける。
その発想に、僕は少しだけ驚いた。
「キース、真似、すると良いよ」
ラシュティアの微笑みは、どこかあたたかく、僕の胸に不思議な余韻を残した。
「じゃ、行こう……」
そう声をかけようとしたそのとき――
「あれ? ラシュティアにキース。どした?」
テックロア。……くっ、いいタイミングで。
「武器屋。テックロア、行く?」
「いいね! もちろんさ!」
折角の二人きりだったのに。お邪魔虫め……。
「おやおや? ちょっとキースくん」
突然、肩に腕を回され、ぐいっと引き寄せられる。
背中越しにラシュティアを背けられ、耳元に低い声がささやかれた。
「お前、ラシュティア狙ってる? いいね、見る目あるよ。でもな――おれっちも狙ってんの」
その口調は脅しというより、楽しげな宣戦布告。
雰囲気と内容が噛み合わず、虚を突かれて反応が遅れる。
「抜け駆け上等。でも、そんなんじゃおれっちには勝てねぇよ。へへ、俺たちライバルってことで」
ぱっと離れられ、数歩よろける。
「仲良くやろうぜ、兄弟。……ラシュティアちゃん、キースなんて放っといて行こうぜ!」
「? どした、テックロア……キモいよ?」
ラシュティアの冷たい視線が突き刺さる。
だけど、何やかんやで二人とも楽しそうだ。
思わず、笑みがこぼれた。
「はは、なんか……青春っぽくて、楽しいな……」
そう呟いた、その瞬間だった。
――僕は、一度、死んだ。
そう、感じた。
「お〜い、キース・ハーベルバーク。あぁ、ごめんごめん。今は“姓なし”だったっけ? ぷぷっ」
背後から、声。
勢いよく振り返ると、そこには――一人のメイドがいた。
黒地に白の清潔なエプロン、カチューシャに、巻いた三つ編み。
まるで“役割”を演じるかのような、無機質な装い。
予備動作もなく、何かを放り投げられた。
反射的に受け取る。
「は〜い、忘れ物で〜す。まったく、ブラックマーケットで探し出すの、苦労したんだからねぇ」
手元を見ると、それは――決闘で失った《回避の籠手》だった。
……どうやって?
いや、それよりも……なぜここがわかった?
魔力の痕跡は消してきたはず。感知魔法には対策したはずなのに――
「あ〜んなに簡単に奪われちゃうなんて、くそザコじゃん」
口調は軽い。けれど、その瞳は――僕を蛆虫でも見るような、冷たい光を湛えていた。
「ジョーカス様は、な〜んでこんなのに目をかけてるのかなぁ?」
耳元に、地の底から響くような殺気がささやかれる。
――僕は見ていたはずなのに。
でも、次の瞬間には、もう彼女の姿はどこにもなかった。
“次はないよ”
確かに、そう聞こえた気がした。
「おーい、キース。ほんとに置いてくぞー!」
テックロアの声が響く。
けれど、僕は――答えられなかった。
……僕は、本当に“自由”になれたんだろうか。
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