第16話 勇者と聖女

アレンをひと言で表すなら、“王道”主人公。

直情的で、正義感が強く、誰からも好かれる好青年。だが、その分、無鉄砲でもある。


「お、クラス分けじゃん!おっと、ごめんよ。通るぜ、っと……ごめんごめん」


――その性格が、ゲーム内では幸にも不幸にも働いていたが、現実ではどうか。


今回も、やはりいい結果にはなっていない。


僕が彼らの声に振り返った拍子に、できた隙間。

そこをアレンが当然のように割り込んで、掲示板に近づいてきた。

その肩が、僕の胸をかすめ――ポケットチーフがふわりと床に落ちる。


「ソフィア、俺たち、Aクラスだぜ!」


アレンは気づく様子もなく、能天気な声を上げる。

だが、周囲は一瞬で凍りついた。


遅れてきたソフィアは、それにすぐ気づき、青ざめた顔で駆け寄ってくる。


「ご、ごめんなさい! 今、拾います!」


慌てて手を伸ばす彼女。その指先に触れようとしているのは、

侯爵家の家紋が刺繍された、落とすことすら許されない“貴族の象徴”。


――聖女ソフィア。

スキル《癒し》を持ち、主人公アレンの幼なじみ。

ゲームのメインヒロインにして、人気投票では“負けヒロイン”と揶揄された不憫な子。


すぐ近くにいるせいか、ふわりと良い香りがする。

頑張れ、負けヒロイン。……って、今はそんな場合じゃない。


これ以上、彼らの評価を下げるような真似をさせる必要はない。


「触るな。自分で拾う。何もせず、下がれ」


咄嗟に手をかざして制し、自ら屈んでポケットチーフを拾い上げる。


これは些細に見えて、決定的に重要な行動だ。


もし彼らに拾わせてしまえば、

“貴族の象徴を落とした”という事実を認めさせてしまう。

そんな平民の粗相に対して何もしないとなると、貴族としての面子が潰れる。

普通の貴族なら何らかの罰を与えるところだが、こんなくだらない理由でアレンが萎縮してしまう可能性を作ることはない。

欲しいのは"僕の大義名分"ではない。決闘を申し込む"アレンの大義名分"が欲しいのだ。

アレンが本気で僕を倒そうと、そう思ってくれなくては困る。


ここは適当にいちゃもんを付けて場を流そう。


「おい、平民。貴様は親からマナーを教わらなかったのか?」


とはいえ、いい機会だ。印象操作をしておこう。

そうだな、マウントを取ってくる嫌味な貴族……そんな印象が妥当か。


「なんだよお前、誰だよ?」

「おいおい、人に名を訊くときは、まず自分が名乗るのが礼儀ってもんだ。……ああ、”平民”が名前だったか。それは失礼したな」

「ぐぬぬ……!俺の名前は平民じゃねえ!アレンだ!」


気づけば、僕たちの周囲にぽっかりと空間が生まれていた。

他人のトラブルは蜜の味、というのはどの世界でも変わらないらしい。遠巻きに注目されている。


さて、まずは”ポケットチーフを落とされた”と言う論点を、ずらして誤魔化すか。


「ふん……では“平民”。貴族である僕を押しのけるとはふざけているのか?上流に譲るのがあたりまえだろ」


あえて“古臭い思考”に染まっているように見せれば、正義感の強いアレンの反感を自然と買える。


「だから俺の名前は平民じゃねえって言ってんだろ!?だいたい、この学園では皆が平等ってことになってるんだろ!」


いいね、食いついた。


僕はゲームのように、婚約者のエマミールに体罰を加えるつもりはない。

普通に過ごしていたら、アレンがエマミールを僕から救おうと思わないかもしれない。

第一印象は大事だからね、僕はこんなにも嫌な奴ですよー。


さて、皆平等というワードが出てきたか……

彼の言う通り、この学園は「貴族と平民の垣根を越えた教育」を掲げ、優秀な人材を育成することを目的としている。

素晴らしい考えだと思うよ。僕は平等と言う言葉はそんなに好きじゃないけどね。


「はは……貴様は、その建前を文字通りに信じているのか?その頭でAクラスとは……ずいぶんとスキルに恵まれているようだな」


――「お前が言うな」

――「そうだ、そうだ」

外野は黙ってろ。


「確かに学園は生徒に、こんな没個性な制服を着せて平等を謳っている。だが……」


あえて、刺繍入りのポケットチーフを目立たせるように、制服の襟を正す。


「世の中に、真の“平等”など存在しない。だというのに、なぜ教育機関がそんな幻想を推奨するのか……考えたことはないのか?」

「……え?」


罵倒を返されると思っていたのだろう。

アレンは突然の問いに面食らい、目を瞬かせている。


「答えは単純だ。――“馬鹿”を炙り出すためさ。学園とは、社会の縮図。外の序列をいったん排除し、その中で頭角を現す者こそが、未来の支配者となる。そして、その支配者たちが真に欲するのは――甘い幻想に惑わされず、現実を理解して支える“平民の人材”だよ」


今日はなんだか、舌の回りがやけにいい。

あのウザい商人ジョーカスの真似が効いてるのかもしれない。

完全に俺理論だが……言ってて楽しいんだよな、これ。

本当の理由?知らんよ。


――「未来の浮浪者が何言ってやがる」

――「そうだ、そうだ」


……うん、聞こえない。


「だが、どれほど優秀な人材の中にも……貴様のように、“平等”というお題目に甘えて貴族に噛みつく馬鹿が、必ず混じっている」


この手の人間には、反論しづらい理屈で殴るのが一番効く。

言い返せそうで言い返せない、このじわじわくるストレスが、相手には一番厄介なのだ。

そして僕は、楽しい。



「学園という箱庭で、“平等”に酔いしれるがいいさ。……未来の支配者たちは、誰も貴様を欲しがらないだろうがね」


大丈夫、アレン。

そんなありのままの君を受け入れてくれる貴族女子は、ちゃんと現れるから。

ハーレム作れるくらい一杯ね。


「それが嫌なら、マナーくらい学べ。まあ……理解できるのなら、だけどね。あははは」


唖然とするアレンとソフィアを横目に、

僕はこの場を、最高の気分で――悠然と去っていく。



――「理解できるのなら、だけどね。ブフー」

――「わはは、ウケる」


「はあ!?誰だ今の!名乗り出ろーー!」



……このときの高揚感のせいで、後に僕が枕に頭を突っ伏すことになるとは、まだ知る由もなかった。

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