第15話 アルセタリフ王立英鳳学園
青く澄み渡る空には、雲ひとつない。
地平の彼方へと続く淡いグラデーションが、大地の目覚めをそっと告げていた。
草木は芽吹き、花々が咲き誇る。
世界そのものが色彩を取り戻し、生命の息吹が満ちていく。
そんな春の気配が、悠然と佇む白亜の街を、まるで祝福するかのように包み込んでいた。
放射状に広がる街道を中心に向けて、人々が軽やかな足取りで歩を進めていく。
身にまとうのは、統一された制服。
その胸には希望と誇りが宿る。
彼らの目的地は、まるで巨人の住まいと見まがうほどにそびえ立つ、重厚な城門と壮麗な建造物。
そこはかつて初代王が治めた旧アルセタリフ王城。
今は改修を経て、王国最大の教育機関へと生まれ変わっている。
名を――アルセタリフ王立英鳳学園。
貴族子女、そして才能ある平民の若者たちが、未来を託され学ぶ場である。
数多の教育機関が軒を連ねるこの学園都市にあっても、その制服をまとう者たちは、ひときわ強い羨望の眼差しを浴びていた。
彼らは、それぞれの夢と覚悟を胸に、その巨大な門をくぐっていく。
そしてまた一人。
赤橙の髪を風に揺らす青年もまた、強い決意とともにその場に立っていた。
彼らの物語は、いま――ここから始まる。
*
さあ、やってきました。王立学園。
ゲームのオープニングムービーそのままの景色を眺めながら、僕は寮からここまで歩いてきた。
大抵の貴族は王都のシティホームから通っているが、セバスが気を利かせて寮の部屋を取ってくれた。
――正直、彼がいなければ、手続きひとつまともにできなかったと思う。
頼りすぎていた自覚もある。でも、それだけ信頼していたんだ。
……もっとも、その手続きが終わったあとで、無理やり帰ってもらったけどね。
僕は問題を起こす気満々なのだ。
ゲーム通りなら、最初の授業で主人公に決闘を申し込まれて負ける。
エマミールを解放して、二度と関わるなと言われて退場。
所謂戦闘チュートリアルとしての存在。
ゲーム内では語られていなかったが、恐らく僕の立場は現実と同じだっただろう。
平民に負けたというセンセーショナルな話題は後妻派を動かすのには十分なネタだ。
晴れて僕はお役御免となる。
良いね。実に理想的に主人公の踏み台と成りつつ自由になれる。
僕の目指すのは平民に負けるという問題行動、からの廃嫡だ。ヨシ!
とはいえ、誰彼かまわず巻き込むつもりはない。
おそらく大丈夫だとは思っているけど、何がどう転んでセバスを巻き込むかなんて分からない。
彼は、近くにいないほうがいい。
流石に、居もしない人間に罪を被せることはできないし……彼なら、僕の罪を奪いかねないからね。
次々と到着する馬車を横目に、門をくぐって中庭を歩く。
しばらく堪能するように景色を眺めながら進むと、やがてエントランスに辿り着いた。
そこには、白布で覆われた臨時の掲示板――どうやら新入生のクラス分けが貼り出されているようだ。
多くの学生たちが、食い入るようにその文字列を眺めている。
既にいくつかの小グループが形成されていた。
おそらく、派閥ごとにまとまっているのだろう。
ノッディにデーヴ、それに数人の侯爵派閥の顔ぶれが集まっているのが見える。
彼らは何か言いたげな表情を浮かべていたが、こちらには近づいてはこない。
僕も、わざわざ自分から関わりにはいかない。
――「おい、見ろよあの家紋」
――「ああ、噂のボンクラ息子だろ」
――「スキルの七光りってやつか」
――「スキルだけで……あれは不公平だよな」
耳に飛び込んでくるのは、陰口ばかり。
僕の悪評は、どうやら別の派閥地域にまで広がっているようだ。
だが、まあ、気にすることはない。
悠然としていれば、それでいい。
「……チッ」
おっと。いけないいけない。
平常心、平常心。
陰口を叩かれるということは、それだけ“おかしな結果”が張り出されている、ということだ。
掲示板に近づき、自分の名前を探す。……案の定、《A》クラスにあった。
明言こそされていないが、このクラス分けが入学試験の成績順だというのは、公然の秘密。
僕のような噂の絶えない問題児が、上位20%の《A》に入っていれば、そりゃ「忖度だ」「裏口だ」と囁かれても仕方がない。
「うおーっ、スッゲ! ソフィア、見ろよ! でっけぇシャンデリアがあるぜ!!」
場違いなほどよく通る声が、エントランスホールに響き渡る。
「ちょっとアレン、声が大きいよ……」
ざわつきの中でも、二人の声だけが妙に耳に残った。
入り口に立つ二人の姿が目に入る。
ひとりは、イエローベージュのくるくるボブに、整った童顔で女性と見紛うほどの愛らしい青年ーーアレン。
もうひとりは、見事な天使の輪が浮かぶツヤツヤの黒髪を持った、そばかす混じりの少女ーーソフィア。
制服を着崩し、見るものすべてが珍しいとばかりにはしゃぐ青年と、リボンの結び目からスカート丈にいたるまで教本通りに着こなす、几帳面な少女。
並んでいる姿は姉弟のようにも見えるが、身長は明らかに逆だ。
……ゲームの中で、何度も見た姿だ。忘れようがない。
僕が廃嫡になる原因。
僕が魔物に落ちる原因。
僕が死ぬ原因。
まさに、“夢にまで見た”――主人公だ。
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