第15話 アルセタリフ王立英鳳学園

青く澄み渡る空には、雲ひとつない。


地平の彼方へと続く淡いグラデーションが、大地の目覚めをそっと告げていた。

草木は芽吹き、花々が咲き誇る。

世界そのものが色彩を取り戻し、生命の息吹が満ちていく。


そんな春の気配が、悠然と佇む白亜の街を、まるで祝福するかのように包み込んでいた。




放射状に広がる街道を中心に向けて、人々が軽やかな足取りで歩を進めていく。


身にまとうのは、統一された制服。

その胸には希望と誇りが宿る。

彼らの目的地は、まるで巨人の住まいと見まがうほどにそびえ立つ、重厚な城門と壮麗な建造物。


そこはかつて初代王が治めた旧アルセタリフ王城。

今は改修を経て、王国最大の教育機関へと生まれ変わっている。


名を――アルセタリフ王立英鳳学園。


貴族子女、そして才能ある平民の若者たちが、未来を託され学ぶ場である。

数多の教育機関が軒を連ねるこの学園都市にあっても、その制服をまとう者たちは、ひときわ強い羨望の眼差しを浴びていた。


彼らは、それぞれの夢と覚悟を胸に、その巨大な門をくぐっていく。


そしてまた一人。


赤橙の髪を風に揺らす青年もまた、強い決意とともにその場に立っていた。

彼らの物語は、いま――ここから始まる。



さあ、やってきました。王立学園。


ゲームのオープニングムービーそのままの景色を眺めながら、僕は寮からここまで歩いてきた。

大抵の貴族は王都のシティホームから通っているが、セバスが気を利かせて寮の部屋を取ってくれた。

――正直、彼がいなければ、手続きひとつまともにできなかったと思う。

頼りすぎていた自覚もある。でも、それだけ信頼していたんだ。


……もっとも、その手続きが終わったあとで、無理やり帰ってもらったけどね。


僕は問題を起こす気満々なのだ。

ゲーム通りなら、最初の授業で主人公に決闘を申し込まれて負ける。

エマミールを解放して、二度と関わるなと言われて退場。

所謂戦闘チュートリアルとしての存在。


ゲーム内では語られていなかったが、恐らく僕の立場は現実と同じだっただろう。

平民に負けたというセンセーショナルな話題は後妻派を動かすのには十分なネタだ。

晴れて僕はお役御免となる。


良いね。実に理想的に主人公の踏み台と成りつつ自由になれる。

僕の目指すのは平民に負けるという問題行動、からの廃嫡だ。ヨシ!


とはいえ、誰彼かまわず巻き込むつもりはない。

おそらく大丈夫だとは思っているけど、何がどう転んでセバスを巻き込むかなんて分からない。

彼は、近くにいないほうがいい。

流石に、居もしない人間に罪を被せることはできないし……彼なら、僕の罪を奪いかねないからね。


次々と到着する馬車を横目に、門をくぐって中庭を歩く。

しばらく堪能するように景色を眺めながら進むと、やがてエントランスに辿り着いた。

そこには、白布で覆われた臨時の掲示板――どうやら新入生のクラス分けが貼り出されているようだ。

多くの学生たちが、食い入るようにその文字列を眺めている。


既にいくつかの小グループが形成されていた。

おそらく、派閥ごとにまとまっているのだろう。

ノッディにデーヴ、それに数人の侯爵派閥の顔ぶれが集まっているのが見える。

彼らは何か言いたげな表情を浮かべていたが、こちらには近づいてはこない。

僕も、わざわざ自分から関わりにはいかない。


――「おい、見ろよあの家紋」

――「ああ、噂のボンクラ息子だろ」

――「スキルの七光りってやつか」

――「スキルだけで……あれは不公平だよな」


耳に飛び込んでくるのは、陰口ばかり。

僕の悪評は、どうやら別の派閥地域にまで広がっているようだ。


だが、まあ、気にすることはない。

悠然としていれば、それでいい。


「……チッ」


おっと。いけないいけない。

平常心、平常心。


陰口を叩かれるということは、それだけ“おかしな結果”が張り出されている、ということだ。

掲示板に近づき、自分の名前を探す。……案の定、《A》クラスにあった。


明言こそされていないが、このクラス分けが入学試験の成績順だというのは、公然の秘密。

僕のような噂の絶えない問題児が、上位20%の《A》に入っていれば、そりゃ「忖度だ」「裏口だ」と囁かれても仕方がない。


「うおーっ、スッゲ! ソフィア、見ろよ! でっけぇシャンデリアがあるぜ!!」


場違いなほどよく通る声が、エントランスホールに響き渡る。


「ちょっとアレン、声が大きいよ……」


ざわつきの中でも、二人の声だけが妙に耳に残った。


入り口に立つ二人の姿が目に入る。

ひとりは、イエローベージュのくるくるボブに、整った童顔で女性と見紛うほどの愛らしい青年ーーアレン。

もうひとりは、見事な天使の輪が浮かぶツヤツヤの黒髪を持った、そばかす混じりの少女ーーソフィア。


制服を着崩し、見るものすべてが珍しいとばかりにはしゃぐ青年と、リボンの結び目からスカート丈にいたるまで教本通りに着こなす、几帳面な少女。

並んでいる姿は姉弟のようにも見えるが、身長は明らかに逆だ。


……ゲームの中で、何度も見た姿だ。忘れようがない。


僕が廃嫡になる原因。

僕が魔物に落ちる原因。

僕が死ぬ原因。


まさに、“夢にまで見た”――主人公だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る