第13話 検証はお一人様で
魔物と動物の決定的な違い――
それは、食物連鎖の輪に組み込まれているかどうかだ。
動物は、肉体から排泄物に至るまで、自然の循環に組み込まれている。
植物をはじめとする命の連鎖の一部として、彼らは“必要とされる存在”なのだ。
だが、魔物は違う。
まず、奴らは排泄をしない。
食事と呼ばれる行為も、実際には“消費”でしかない。
取り込んだすべてを純魔力へと変換し、自分の存在を肥大させていく。
しかも、その身体を構成する“純魔力の肉”は、人や動物にとって毒となる。
魔物は――害しか生み出さない。
地上に純魔力がある限り、魔物はどこからでも現れる。
人間種がいかに地上を制したと宣言しようとも、それは為政者たちの戯言に過ぎない。
《魔廠の森》
ハーベルバーグ侯爵領の端に広がる、未開発の大森林。
奥地には古代文明の遺跡が眠っており、学術的にも資源的にも価値は高い。
だが、魔物の巣窟と化したその地は、人類未踏の“魔境”となっていた。
その脅威の隣に、なおも暮らさねばならないほどに、人の領域は狭い。
だが、すべてが怯えて暮らす者ばかりではない。
恐怖をものともせず、魔物退治で一攫千金を狙う者たちがいる。
――彼らの名は、“冒険者”。
無限に湧き出る魔物に対する、人間の本能的な水際対策。
彼らは今日も、森の入り口でひたすら討伐に明け暮れていた。
その目的は、ささやかな報酬と、今夜の酒代。
そんな冒険者たちの中に、ひときわ目を引く一団がいた。
騎士たちを従えながら、単独で魔物と渡り合う少年。
一目で貴族と分かるその出で立ち。
冒険者たちはすぐに察した――面倒ごとの匂いを。
誰も近づこうとはしなかった。
彼らにとって重要なのは、貴族の戯れではなく、今日を生き延びることなのだ。
ちょっとした非日常は、熾烈な日常にかき消される。
誰の記憶にも残ることはない。
*
僕は、ひとりで冒険者の狩場に来ていた。
もちろん護衛の騎士は同行しているが、基本的に“見ているだけ”で手出しはしないよう言いくるめてある。
学園入学まで、もう一年を切っていた。
学習も鍛錬も、そろそろ佳境を迎える時期だというのに、どうにも気持ちが高ぶらない。
友人ロス、ヤバかった。
案の定、あれからノッディとデーヴには会えていない。
家の意向で戻されて、それっきりだ。
彼らが“使えないハズレスキル”だった頃は、僕のもとにいても誰にも文句を言われなかった。
だが、今は違う。
戦闘で有効な《技巧》を使えるようになった以上、もう“ハズレ”とは誰も言わない。
じゃあ、新しい友達を――と考えても、僕の立場ではうまくいかない。
騎士を仲間にして、《踏み台》で育成ブーストができるかもと思ったが……
彼らは僕よりも格上の魔物にすら勝ててしまう。意味がなかった。
その上、僕自身がもう“学園在学生レベル”に到達してしまったせいで、戦闘訓練をしていない貴族子女たちはついてこれない。
じゃあ、冒険者は?
……彼らは、貴族が嫌いだ。
打つ手なし。
現状では、ソロで“加護上げ”を狙うのが一番効率がいい――心が痛いけど。
仕方なく、休みたい気持ちに鞭を打って、隠しダンジョンで手に入れたアイテムの検証をしつつ、黙々と鍛錬を続けている。
「……おっ、はぐれのレッドボアか。ありがたい」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりと声が漏れた。
近づいてきたのは《レッドボア》。
名前こそイノシシだが、鼻先には角があり、その姿はむしろサイに近い。
以前、誰かの戦闘で倒れたであろう大木を物ともせず、粉砕しながら一直線に距離を詰めてくる。
“初心者殺し”の異名を持つ突進は確かに脅威だが、所詮はその程度――下の中クラスの魔物だ。
「突進しか能がないんだろ? さあ、来いよ」
バックラーを固定した、隠しダンジョンで手に入れた武骨な籠手を構える。
魔物というものは、往々にしてアンバランスな造形をしている。
レッドボアも例に漏れず、地を割るような重々しい走りからは想像もつかないほど、脚は細い。
まるで、暴走するトラックを目前に立ちふさがっているような……そんな恐怖が僕を貫いた。
「今だ!」
恐怖――その本能すら集中力に変換して、魔物の突進に狙いを定める。
突進がバックラーに触れる、その瞬間。
刹那の時間に身を委ねるように横へ跳び、籠手に魔力を流す。
軽い。
暴力の濁流を受け流す感覚ではない。
むしろ、微風に撫でられたような、奇妙な軽さが身体を貫く。
「よし、成功だ! ……って、いってぇっ!!」
振り抜いた剣で、すれ違いざまにレッドボアの横腹を切り裂いた――そこまではよかった。
が、暴れた後ろ脚に蹴り飛ばされ、地面を転がる。
「っ、イテテ……集中が持たないのが課題か」
意図的な反撃ではなかったのが幸いだった。
これがゲームなら、死んでもリトライできる。だが、ここは現実だ。
それでも、ゲームの感覚を切り捨てるわけにはいかない。
融合させて、強くなるために最適化するんだ。
「もう一度頼むぜ、レッドボアさんよ」
僕は再び、籠手を構え、突進に備える。
これはダンジョンクリア報酬――唯一無二の防具だ。
《回避の籠手》
“神に逆らいし古の
その怨念は、神の威光すら喰らいつくす。”
「防御力は特筆すべき点はないですが、魔力を流すと一瞬だけ加護を無効化するようです。
……お使いになるのは、お勧めしかねますね」
これは、凄腕商人ジョーカスにスキル《鑑定》で調べてもらったときの言葉だ。
求めていた効果に歓喜しつつ、設定レベルまで見抜かれたことには引いた。
……多分、滅茶苦茶変な顔をしていたと思う。
この籠手は、ゲーム的に言えば「回避無敵時間の延長」という効果を持つ。
アクションRPGでよくある“回避の初動は無敵”という仕様――それを強化する装備だ。
かつて僕は、この仕様が現実でも再現できないかと、防具なしで検証した。……だけど無理だった。
それでも諦めきれず、この籠手に目をつけた。モノさえあれば、《鑑定》で調べられると踏んだのだ。
そして、目論見通りの結果。しかも“加護無効”という驚きの原理まで判明した。
鑑定様々、というやつだ。
そもそも、強力な魔物を非力な人間が倒せるのも、魔物が人間を一撃で仕留めてくるのも、
すべては神の加護――“ステータス”の力によるもの。
つまり、加護さえなければ、魔物は人間を倒せない。
……魔物にも神の加護があるという事実には、目を瞑るしかないが。
話を戻そう。
攻撃に宿る加護さえ打ち消してしまえば、残るのはただの物理現象に過ぎない。
自身の加護を貫くほどの威力にはならず――実質、ゲームで言うところの“無敵時間”の再現だ。
これこそが、僕の考える最強の戦術。
「当たらなければ防御はいらない」
低レベルクリア勢御用達の、あのプレイスタイルである。
ミス=即死という現実において、この戦術を実行するには、頭のネジが一本どころか三本くらいぶっ飛んでいないと無理だ。
ジョーカスが止めたくなるのも、当然だろう。
そもそもゲームでも、動画共有サイトで誰かのプレイを見ていなければ、やろうとすら思わなかった類の戦術だ。
……だが、実用レベルで再現できるのなら、やらない理由はない。
《踏み台》が僕の能力から、どこまで“主人公”を強化してくれるかは分からない。
けれど、できる限りのことはやってやるつもりだ。
「確実に、魔王くらいは討伐できるようにしてやるぞ、主人公」
振り返ると、レッドボアが再び突進してきていた。
その巨体を正面に捉えながら、僕は静かにそう呟いた。
──そして、見事に失敗した。
レッドボアに盛大に轢かれた僕は、護衛騎士たちの白い目にさらされながら、回復ポーションのお世話になる羽目となった。
注意散漫、ヨクナイ。
とはいえ、いつまでも白い目を向けてくる騎士たちには、いつか“ギャフン”と言わせてやる。
僕は密かに、そう心に誓ったのだった。
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